2025年8月2日土曜日

里のごはん(備蓄米)

 スーパーマーケットに「里のごはん」なる名の備蓄米があると妻から電話が入った

私はご飯の味にうるさいと思っている妻は、買う前に私に聞いてみようと思ったのだろう

食べてみたいと思い、私は買うことに賛成した

5kgで1,980円だそうだ

いつも食べている米の半値だそうだ

妻はご飯炊き器の大きさの関係もあるのだろうけれど、ごはんは多く炊いて1食分づつ冷凍保存している (自家製サトウのごはん)

私は、それを食べ終えてからでもいいよと言ってあるが、今日炊くかもしれない

まあ、どんな味か?食べてみたい気は以前からあった

p.s.

袋を裏返してみると、原料玄米の欄には、複数原料米 国内産 10割と書かれていた

販売者は、新潟県魚沼市十日町の(株)諸長とある

調べてみると、米穀卸売業を扱う商社とある

精米時期は表に記されていた

25.7.下旬 精米時期BCJO P77982とある

下旬は、21〜31日の間を意味する

BCJOは業者の識別コードのようだ

P77982はわからなかった

朗読会

 市主催の朗読会に行ってきた

朗読座の紺野美沙子氏による平和への祈り「星は見ている」である

テーマは悪い意味ではなく私は引けるのだが、紺野美沙子氏の活動を知り、気持ちが変わり行ってみた

この朗読会を聞くにはLinePocketを通じてチケットの申し込みが必要となる

チケット得るには、まず、LivePocketに人会登録が必要となる

私も妻も入会登録をしてチケットを入手したが、これは行きたい人にとってはかなりハードルは高い

これでは参加者は少なくなるだろうと思えた

だが、当日券なるものを待った方が、受付をどんどん通過していた

広島の原爆で中学1年生の息子を亡くした母親の話で、広島の映像や話しを聞くのは思っていた通りちょっときつかった

私の母は広島市の生まれで、実家は爆心地に近い

祖父母や叔父叔母は原爆被災者である

あまり話したがらないが、今も広島市に住んでいる母の一番下の妹から原爆の話は聞いているし、原爆資料館には二度足を運んでいる

この朗読を通じ平和への祈りを語り部として活動している紺野美沙子氏は立派と思うが、この話はやはり辛い思いになる

p.s.

中国人の団体旅行客はとても騒がしい

その騒がしい中国人も、原爆資料館の中では静になる

言葉を失う

長崎の原爆資料館でも同じ経験をした

戦後80年となる

原爆資料館を日本人は見てもらいたいと思う

安芸の宮島もとても良いので、合わせてでも見てきてほしい

凄い降り

 妻の部屋から聞こえてきた4時の目覚しの音で目が覚めた

おそらく、3日前ブルーベリー摘みに行くのにセットした目覚し設定が生きたままになっているのだろう

どうして毎日鳴るように毎回セットするのか理解に苦しむ

私は眠れなくなってしまったので起きた

昨夜は眠くなってしまい、全英女子オープンを見るのは10時で諦め寝てしまった

今朝、リーダーボードを確認したら、2日目のラウンドを早く終えていたトップの山下美夢有、2位の竹田麗央の順位は変わらなかったが、4位タイまでにいた他の日本人5選手のスコアはガタ落ちとなっていた

午後は風が強くなったようなので、その影響かもしれない

早いスタート組の山下美夢有や竹田麗央は風の影響が少なくて良かったのかもしれない

渋野日向子の顔は相変わらず暗い

お母さんから言われた「笑顔」を取り戻して欲しい

着るものも明るいものにしたら気分も変わるような気がする

愛猫smokyが甘えてすり寄ってきた

smokyの体は濡れていた

雨の中、オシッコでもして帰ってきたのだろう

タオルで拭いてあげた

ゴロゴロと喉を鳴らした

4時45分現在、雨は凄い降りとなった

ゴウゴウと音を響かせて降っている

雨雲レーダーでみると、貯水率0%となった宮城県の鳴子ダムの方まで雨雲は伸びていないように見える

東北各地、雨がとても欲しいところである

稲はいま一番水が欲しいところのようだ

渇水で米の値上がりが今年も続いては困る

p.s.

台風9号の進路予報をみると、このあとは東に抜けていくようだ

太平洋岸の北東北までも雨の帯は伸びて行かないようだ

と思ったら

部分的、切れ切れに、大外を回って雨雲は掛かるようだ

2025年8月1日金曜日

18:29現在のリーダーボード

 凄いよ

全英女子オープン

1位から3位までが日本人選手で、この3人を含め、8位タイまでに日本人選手が7人も入っている

これは見なくちゃ!

あかつき

 昨日、妻が不揃いだが安価な「あかつき」を一箱買ってきた

果物の中では桃が一番だと私は思っている

私には理解できないのだが、この辺りの人は硬い桃が好きだと言う方が多い

−?全くわからない・理解できない?−

桃は崩れるくらいに柔らかいからおいしいと思っている

皮は手で剥けるくらい柔らかくなくては桃とはいえない

妻は、昨日買ってきたあかつき2個を冷蔵庫で冷やしておいたようだ

妻は、その冷やしておいたあかつきを、ゴルフから帰ってきた私に切って出してくれた

食べた

硬い!まずい!

3切れ食べて残した

そして今日、「柔らかくなったょ」言って、また冷えたあかつきを出してくれた

食べてみた

柔らかく、甘く、おいしい!

一日でこれほどまで柔らかくなることに私は驚いた

このことからも、やはり桃は傷みやすいと理解した

昔々、東北の仙台の南に工場設立するために派遣されて勤めていた

独身者は工場敷地内に建てた食事付きの独身寮に住んでいた

ここに業者がよくリンゴや桃を車に乗せて売りに来ていた

私は、母や叔母、姉にリンゴも桃も送った

発送も業者任せだった思う

当時は、今のように、今日出せば明日の午前中に届くとか、冷蔵で届けるといったことができた時代ではない

私が送った桃はかなり傷んだ状態で届いたようだ

それでも、母も叔母も姉もとても喜んでくれた

古い古い「桃の」思い出である

懐かしい雨

 懐かしいほどに久しぶりの雨が来た

天気予報通りに降り始めた

それにしても凄い降り方だ

土砂降りである

これは、台風9号がもたらす雨だ

台風9号の大外を回って福島へ雨をもたらしている

台風頼みは問題かもしれないが、ほっと胸をなでおろす農家は多いのではないかと考える

更に北の地域も雨を待っている

稲にとっては、穂が出る今が一番水が欲しいところだそうだ

妻は朝夕と花に水やりをしていたが、これも助かる

妻は、畑が喜んでいると言っている

今日、思い通りに薪割りも終えた

よし、よし

台風は上陸せずに、雨だけを残して行ってくれ!

p.s.

結構激しい雨が降り続くようだ

降り止むタイミングあるらしいが、夕方の散歩のタイミングはあるか?

我が家の愛犬Matthew君は、雨が大嫌いである

p.s.

雨がポツポツになった5時のタイミングで夕方の散歩に出て、私もMatthewも雨には殆ど濡れずに帰宅できた

今日は薪割り

 ゴル友から届いていたヒノキの伐木材を台風9号がもたらす雨が来る前にと考え、エンジン薪割り機を稼働させ割った

今日は曇り空で、暑さは和らいでいる

積んでみた感じからは、薪ストーブ10日分くらいに見えるが、ヒノキだと軽いので、よく見て一週間位の薪の量かと思う

それでもありがたい

伐木から始める薪作りは4年前からやめたが、私が薪ストーブを使っていることを知る人から時々切った木が届く

木の種類は色々、乱切り、太いのから細いのとサイズもバラバラなものが多い

薪ストーブは、松材を除けばどんな木でも薪になる

いただく際に松材でないことだけは確認する

最初に使った薪材は、移住したこの家を案内してくれた建築会社から運んだ建築廃材であった

廃材置き場から軽バンの屋根に乗せて運んだ

廃材は、気をつけていても、隠れた釘があり、それをチェンソーで切ってしまうことが何度かあって、直ぐに廃材を使うことは止めにした

次には、薪業者から40cmにカットしてある丸太のナラ材を購入した

1ヶ月分くらいの薪材で10,000円を支払った

通い始めてから3年間はこんな薪材を使って薪ストーブで暖を取っていた

移住1年前に本格的な家の改造に取り掛かり、必要な木材を製材所から買うようになった

その製材所で知り合った「秀あんちゃん」が私の薪の師匠となった

この辺りでは、歳上の方には「あんちゃん」をつけて呼ぶことが多いと知った

ここから伐木から始める薪作りが始まった

師匠の秀あんちゃんに、抜本から手取り足取りで教えてもらい、5年ほど年間6から7トンほどの薪作りを行った

おかげで冬も暖かく過ごすことができた

抜本は本当に危険な作業で、私もチェンソーの刃を入れている栗の木が途中で裂け、私の胸を叩き、胸骨にヒビが入ったことがある

顎を跳ね上げられていたらもっと酷い怪我を負っていたことと思われる

私の胸骨にヒビを入れた材は、私への警告と捉え、外に飾ってある

「○○さんには、私が生きている限り薪に苦労はさせない」と言ってくれた方であったが、前立腺がんが進行し1年もせずに70歳を3日前にして逝ってしまった

その後は、やはり薪ストーブの薪を抜本から始めている方と知り合いとなり、4年前までこの方と共同でやはり年間6から7トンの薪を作ることを続けてきた

しかし、体力の衰えと危険な作業であることに変わりがないので、抜本から始める薪作りは諦めた

この方と私は同じ歳とわかった

この方はまた、私の従兄弟が入っている船橋の魚市場の近くに転勤で7年間住んでいたと思いもかけぬ話となった

その方の友人の方とも知り合いとなった

その方も8年間船橋に住んでいた方であった

船橋は私の生まれ育った故郷であり、このお二人と船橋のかなりローカルな話もできるとは思ってもいなかった

この二人とは月に一度はゴルフにも行く仲間となり、付き合いは15年近くとなった

家族ぐるみの付き合いにもなった

一昨日は朝早くからのブルーベリー摘みを一緒した

今月5日には、この2人も含めて棚倉田舎倶楽部、27日には湯本スプリングスカントリークラブでのゴルフを予定している

意外と知らないところに、自分と接点を持つ方が居ることを知った

人との出会いは大切にしたいものだ

忘れない忘れられない友は多いが、歳を重ねると共に、忘れていく古い友も多く居る

新しい地での新しい友は、友情を重ね深め、思い出を作って行く

涙の優勝