私は18日の11時に個室から6人部屋に転室した
私が入室した後、隣のベッドにご老人が入った
元気なご老人で、少し耳は遠いものの看護師との応対も元気よく適切に応対し、あまり良いことではないが、ベッド上で娘さんと明るく元気に長話もされていた
看護師とのやり取りも耳に入ってくる
その話から抗がん剤治療を目的とした入院とわかった
一晩目は、このご老人の豪快ないびきに悩まされたが、その晩は問題なく過ごされていた
昨夜である
せん妄状態となった
昨日のお昼少し前から抗がん剤治療が始まった
治療の前に認知度テストが行われていた
日にちの問いに間違った答えをしていたが、特に問題となる所はなかったようだ
私も初めて知ったのだが、抗がん剤治療の点滴は先ず最初に吐き気止めの点滴から始められた
これにも長い時間を要した
点滴中に昼食も入った
次に抗がん剤の点滴が始められた
これも長い時間を要した
これで終わりかと思っていたが違った
水分補給の点滴が続けられた
これも長い時間を要した
合計すれば6時間ほどの点滴治療となっていた
辛い6時間であったと思うが、トイレで会った時も元気そうであった
しかし、夜中に変な行動を示すようになった
話していることがよく分からない
靴下を脱ぎ始めた(看護師に靴下を脱ぎたいの?と聞かれていた)
それから立ち上がって何処かに行こうとしているようだ(看護師にどこに行くの?ベッドで寝るんだよ!なんてことを言われている)
昼間、あれほど元気でハッキリしていた方が、せん妄状態になっていた
環境変化や、夜間のひとりぼっちなどに対応できないのか?
それとも抗がん剤によるものなのかは私にはわからない
わからないが、昼間のご老人とこの夜のご老人は全くの別人であった
これが抗がん剤によるものだとするととても怖くなった
また、よく耐えたものだと思うのが6時間にも及ぶ点滴である
これを毎日続けるようだ
このご老人、耳が遠いので、看護師の話も大声となる
治療の仕方から、ご老人の家族構成まで筒抜けである
6人部屋にプライバシーなんてものは存在しない
娘さんとの電話のやり取りも、電話機(スマホか否か)の音量も上げているのだろう、娘さんの声までもが私にも届いてきていた
弟は胃がんの手術後、1回目の抗がん剤治療が終わらない内に治療を拒否した
死は覚悟したようなことも言っていた
私は弟の考えを受け入れた
隣のご老人のことだけではない
多くの友人知人か抗がん剤治療で苦しめられた末に死んでいった
私にも抗がん剤治療が必要だと言われたら、私は受けないと思う
私も、QOL(生活の質)の維持を重視して過ごすことを選ぶと思う
立花隆は、がん再発後は検査も治療も受けなかったそうだ
あれだけ調査研究を続けた「臨死」は無いと断言した
死ねばゴミの考え方は私と一緒であった
私は「直葬・散骨」を望んでいる
立花隆は樹木葬である
もう一つ立花隆と同じであったのは、「死は怖くない」である
だが、「痛い」のは怖い
避けたい
この2ヶ月、痛い日の連続で、ますます痛いのは怖くなっている
私は、強い人間のように見えるようだが、実のところは臆病である
だから今まで山で死なないできた
岳友からは「石橋を叩いても渡らない〇〇」と言われてきた
岳友6人を山で喪っている
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