2026年5月7日木曜日

3ヶ月か2週間か

 私の傷の具合を外来診療を終えた形成外科の医師が午後になり確認にきた

包帯を外し、傷を診るなり「死んでる」と言った

外来通院で死んでいる組織を削り取りながら下から(皮膚)浮いて来るのを待つか、または植皮になると言う

浮いてくるのを待つとなると治療に3ヶ月を要するそうだ

植皮だとどのくらいかかるかと聞いてみた

2週間だそうだ

私は「植皮」での処置をお願いした

3ヶ月も通院してはいられない

どこから皮膚を取るかを聞いてみた

お腹だそうだ

「それくらいだとね」と言い残して去った

「それくらい」は、どのくらいなのか?

壊死したところは、大きいのか?小さいのか?

外傷センターの主治医が顔を出した

一旦退院となるかもと言う

おかしなことを言う

骨折したままで退院させて、歩くことも立つこともできない私はどうやって生活を維持すればよいと言うのか??

松葉杖の歩行訓練は6日前に10分行っだけで終えている

今朝も良い天気

 病室内は明るくなっていた

目覚めた

昨日と同じで、時計の針は4時半を示していた

一昨夜と違い、昨夜は足首の痛みはあった

目の前にテーブルの上には看護師が用意したカロナール500が2錠置いてある

ちょっと悩んだが、カロナール500は飲まずに眠ることにした

だが、眠れなかった

目は覚めている

起きて車椅子に乗り、明かりのある洗面所へ向かった

一昨日、妻が置いていき読み進めていた小説の第2話を読み切った

ベッドに戻り少し眠った

何時であるかわからない

足が痛い

ナースコールを押した

要求したわけではなかった

私が何を求めているか既に理解していた看護師はキンキンに冷えたアイスノンを待ってきた

タオルを巻いて、その上に痛みが出ている足を乗せて横になった

眠った

前述の通り、目覚めたら部屋は既に明るくなっていた

今日も良い天気のようだ

もう少し眠ろうとまぶたを閉じた

10分くらい眠ったかなと思った

時計の針は、5時45分を指していた

4日ほど前までの足首の痛みが激しかった頃、10分の進みは、1時間ほどにも感じられていた

何度見ても、時計の針は止まっているように感じられた

眠れるということはとても幸福なことである

2026年5月6日水曜日

シチュー事件

 病院の朝食にクリームシチューがでた

一口食べて「なんだコレ」であった

冷たいと通り越した冷たいシチューであった

隣のベッドの方が、配膳を片付けにきた看護師に「冷蔵庫に入れておいたのか!」と注文をつけた

看護師は応じたが、軽く流した

私もこれは食べられなかった

他のおかずは小さな切り身の魚だけである

今朝は、180gのご飯も食べ切れずに残す結果となった

私は、メニュー表の裏に「温めるのを忘れたのでは?」と書いて配膳トレーの上に残した

たまたま、ベテラン看護師が私の配膳トレーを片付けにきた

私のメモに気づいた

そのシチューの器を取り上げた

「器も冷たいね」と言った

6人部屋のみんなにも聞いて回った

みんなが苦情を述べた

ベテラン看護師は「栄養士に言う」と言って私の配膳トレーを片付けて去った

ベテラン看護師は夜勤勤務であった

時間もかなり経ったので帰ったと私は思っていた

洗面所の近くでスマホをいじっていた私のところへベテラン看護師はやって来た

私に栄養士の回答を報告に来てくれた

ベテラン看護師はあきれ顔で、冷たいシチューの献立だったそうだ

ベテラン看護師は引き下がらなかった

クリームシチューといえば、みんな温かいと思うょと言ったらしい

栄養士は検討すると応えたとのことであった

そして今日の夕食

私の配膳トレーには管理栄養士からの手紙が添えられていた

私のメモは貴重な意見と捉えてくれたようだ

患者はおとなしい

私から見るとおとなしすぎる

あの冷たすぎるクリームシチューは「食えねえぞ」と怒らなくても言うべきだ

ベテラン看護師に私は話を続けた

若い看護師さん、隣のベッドさんの苦情を無視したと思うよと!

ベテラン看護師さん、既に指導済みだそうだ

この病院のこの病棟の問題点は書ききれないほどある

誰かが温暖的にマネージメントしなければだめだ

たが、どこかに掲げてあったと思う

病院の認証システムを取得しているとあったと思う

内部監査も行われているはずだが?!

p.s.

病院内は磐越自動車道で起きた自動車事故の話しがあちこちで出ていた

クラブ活動の高校生のマイクロバスが事故に遭遇した

外に投げ出された1人が死んだそうだ

重症者も多くいるそうだ

けが人は当院に運ばれてきているとの話であった

連休最後の日、痛ましい事故となった

沖縄のボート転覆事故が思い出された

セルフリハビリ

 入院から数えて18日、トイレで便器に座る際に手すりな捕まり右脚1本だけで立つこと以外立ってもいない

先週の木曜日だったか、松葉杖の前トレ(確認)で2〜3分、平行棒につかまり歩いたことと、次の日の病室の廊下で松葉杖のテストで5分くらい歩いただけである

病室の「歩けない」と嘘をついてる爺さんの所へはこのゴールデンウィーク中にも、午前と午後の2回、療法士来てリハビリを進めているのに、なぜ私のところには6日間も療法士はやってこないのか?

差別だ!訴えてやる!

仕方がない

自分でやるか!

左のブレーキの効きが悪い車椅子は、なんだかんだといちゃもんをつける看護師の言うことは無視して、たくさん並んでいる車椅子の中からブレーキが正しく効くのを選んで乗り換えてやった

この正しくブレーキが効く車椅子をベッド脇に着け、後ろへも動かないようにプラタンスに押し付けた状態にして、両手を車椅子の肘掛けに添えて、痛んでいない方の片足屈伸、痛んだ脚の方も加えて、股関節の負け伸ばしを10分ほど行ってみた

気分がいい

体にもいい

時間つぶしにもいい

薄っすらと汗もかいていた

今日も15時にはシャワーの予約を入れてもらっている

着替えもある

ノープロブレムだ!

懐かしさと切なさの同居

 昨夜、浅田次郎の小説「地下鉄に乗って」を読み終えた


幸せとは、懐かしさのなかにあるのではないか。ときおり、そう感じる。

人は、だれしも生きてきた土地と時代に無縁ではいられない。家族という血縁から逃れられないように。そのために、自分の思いどおりには生きられず、苦しみばかりを味わってきたという人は多いかもしれない。

だが、年月を経ることで、自分とかかわったさまざまな縁のかたちが、ちがった側から見えてくる。過ぎた日々は戻らない。起こった事実を受けとめるしかない。無心になって過去を振りかえると、そのときには気づかなかった、かけがえのなさと親しみを覚えることがある。懐かしく思いはじめるのだ。

そしてまた、辛苦や悔恨の情が深く刻まれた思い出ほど、いま自分がここにいることを強く感じさせるだろう。楽しさや悲しさといったひとつの気持ちから生まれる幸福感や不幸感ではなく、もっと複雑で矛盾した「懐かしさ」こそ、生きている証しとなる感情といえるかもしれない。


これは、吉野 仁が書いた「地下鉄に乗って」の解説の冒頭の一節である


私の79年の人生もそんなであったと思う

「懐かしさ」と「切なさ」が同居している

そんな感じを抱かせた小説であった

p.s.

私は、父のような男には絶対にならないと誓って生きてきた

小説の主人公のように

父は周りの人から見ると「立派な」人であったようだ

田舎にも貢献した人のようである

だが、家族の側から見た父は無責任な男であった

満州では贅沢三昧な生活をしていたようだ

甥の大学の資金も送っていた

従兄弟の綿工場設立にも力を貸していた

母が「家を買ってきて」と渡した金を使い果たして満州に帰ってきたそうだ

子供の頃、あの家は私たちの家になるはずであったと母から教えてもらったことがある

自分はキャメルのコートを着てビカビカな靴を履いていた

私と弟と母は、6畳ひと間の汚い外トイレの長屋に住んでいた

外に女がいた

好き勝手に生き、幼い子供2人と母を残して、病気の治療もおろそかにし、何一つ残さないで死んでいった

残された3人は、バラバラな所でバラバラな生活を続けて生きてきた

この「電車に乗って」の小説のように、タイムスリップし、父の若かりし頃の姿を追うことができれば、もう少し、父のことが理解できるかもしれないとは思った

周りから、私は、「父にとてもよく似ている」と言われている

小説の主人公のように

眠れた

 目が覚めた

ぼぉ〜としている

車椅子に乗りトイレに向った

もう、窓が明るかった

スマホの時刻を確認した

4時半であった

昨夜も0時に痛み止めのカロナール500を飲むために、22時に用意してあった菓子パンとジュースを飲んだ

明るい洗面所で小説の「地下鉄に乗って」を読み終えた

ベッドに戻ったの11時頃だと思う

眠った

0時に目が覚めることはなかった

カロナール500は飲んでいない

前日の昼12時にも飲んていない

私は、入院をしてから今日で18日となる

23時間もの長い時間、痛み止めなしで過ごし、痛み止めなしで眠ったのは初めてだ

いつもだと、朝の6時がくれば、3種類の痛み止めと1種類の胃薬を飲む

今朝は、この薬も止めてみることにする

まだ眠れそうだ

もう一眠りすることにしよう

2026年5月5日火曜日

午前中ぼ〜として

 昨夜は一向に眠くならなかった

痛くて眠れないのではないので、苦しいわけではない

まぁ、眠くなるまで待てば良いと思った

小説はあまり読まない

読まないと言うより白けてしまうことが多くて、途中で放棄というものが多い

妻が小説ではない意外な本も勧めた

この「ドードーの歌」はおもしろい

だが、この手の本を読む場合、私はメモを取りながら読む癖があるので、入院中はちょっと難しい

一昨日に妻が黙って置いていった浅田次郎の小説「地下鉄に乗って」は面白くなり、朝の5時まで読み進めた

さすがに疲れて、5時にはベッドに戻った

眠ろうと思ったが、疲れているだけでまだ眠くはならない

6時になり処方されている3種類の鎮痛剤と1種類の胃薬を飲んで横になったがまだ眠気は来ないが、午前中は、ぼ〜としてベッドの中で体を横たえて過ごした

夜は寝ないと、次の朝がきついとわかった

「地下鉄に乗って」はまた昼過ぎから読み始めた

思った

小説は苦手なのだが、そんな中でもタイムスリップ物は好きなようだ

蒲生邸事件やJIN‐仁は面白く読んだことを思い出した

それと、「地下鉄に乗って」は東京メトロが題材となっている

私も東京で長く働き、この小説の中に出てくる地下鉄と場所は懐かしさも加わるので読み進められていると思う

銀座も渋谷も青山も私の勤務地であった

p.s.

妻は今日、また新たな小説を持ってきた

浅田次郎の「闇の花道」と山本一力の「峠越え」である

ベッド生活だと、文庫本の方が重量の関係で楽だ

3ヶ月か2週間か