2026年5月21日木曜日

眠った

 昨夜の10時から今朝の5時49分まで1度も目覚めることなく眠り続けた

33日ぶりの熟睡であった

昨日の形成外科の診療後、担当医から処方してくれた「トアラセット総合薬」のおかげである

外傷センターへ入院していた24日間は、カロナール一辺倒な痛み止め対応であった

痛みで眠れないと訴える私に、早くからこの薬を処方してくれれば、これ程も長い間、痛みに苦しむことはなかった

この点から見ても外傷センターでの私の痛みへの苦しみへの対処は不十分であったとわかる

今日は外傷センターの診察日となっているが、あの場所へ行きたくなく、あの医師へ会いたくもなく、行くのは先延ばしにしてもらった

外傷センターの主治医は、ERで簡易的に壊死創に貼り着けたガーゼを10日間もそのままにした

ガーゼを開いて創傷部を見ることもせず、洗って細菌感染に注意を払うこともせず、壊死創を専門的に扱う形成外科に診せることもせず、壊死創からくる痛み、眠れぬ苦しみを放置した医師を、私は信頼することはできない

会いたくもない

外傷センターの私のベッドに突然にやって来て、壊死創に被った硬い層を切り取り、中に溜まったのウミを絞り出す痛い行為を実施し、昨日も壊死創内の白い不良肉芽を剥ぎ取る痛い処置を加えた、浦安生まれの、似合わないちょび髭の、形成外科のこの若い医師を信頼し、私はこの傷を治す!!

2026年5月20日水曜日

削った

 外傷センターを5月13日に追い出されるように退院した

退院時に知られれていた形成外科の最初の外来診察日は、2週間後の5月27日となっていた

外傷センターに入院中、入院が続いているなら、デブリートマン後は、5月19日にベッドへ来て形成外科の診察となっていた

その旨を外傷センターの主治医には話しておいた

5月19日にはならずに、前述のとおり5月13日に退院となった

1週間後に形成外科の外来通院日が設置されるものと考えていたが、初外来通院日は2週間後の5月27日となっていた

壊死創にハサミを入れ、創傷の上表面に死んで黒く固まった組織を剥ぎ取るデブリートマンを受けた後の壊死創の痛みは続いていた

続いていた最中に退院となった

帰宅後も壊死創からの痛みは続き、27日まで我慢はできそうになかった

形成外科の予約日を1週間早めてもらい、本日、形成外科を受診してきた

思っていたとおり、壊死創内にある白色の不良肉芽を、医師は剥ぎ取る処置を取った

これはすごく痛かった

デブリートマンも痛かったが、それを超える痛みであった

耐えて我慢をするしかなかった

まだまだ取れるようなのだが、今日はこれでやめておきましょうとなって、私はベットから降りた

処置後の写真を妻に撮ってもらった

 鎮痛薬のカロナールは効かなくなっていることを医師に告げた

鎮痛薬はカロナールに代えてトアラセットが処方された

強い鎮痛作用があるが、強い副作用もある薬と説明された

眠気、食欲不振などの副作用があると説明された

最大1日4錠で処方するが、自己管理で減らしても良いとも説明は加わった

病院を出て直ぐコンビニに車を入れ、サンドウィッチと牛乳をもとめた

食べて直ぐ、このトアラセットを1錠服用した

車の中で、削り取られた壊死創の状態を、私のスマホで妻が撮影した画像を確認した

すごく剥ぎ取られていた

白い不良肉芽はほとんど無くなっていた

1週間後にもこの剥ぎ取りは行うそうである

次は黒くなっている所を剥ぎ取ろような気がした

下から赤い肉芽が成長してきていると医師から言われると、我慢してこの外科的な処置は、受けなければならない

この外科的処置により、今夜も眠れないかもしれない

p.s.

眠った

ソファーに沈み込むように3時間眠った

PM5時に夕食を済ませ、トアラセット1錠を服用した

2026年5月19日火曜日

癒しのMatthew

 不思議なことに、陽が昇り部屋に明るさが届き、野鳥のさえずりが耳に届いてくると、痛みの波は静かに引いていく

逆に、夜のしじまが訪れ、周りの音がすっと消え、しんとした静けさの中に置かれると、痛みは私を苦しみの淵へ沈めていく

床の間に置かれたベッドとリビングルームのソファーの間の往復を何度か繰り返した眠れない長い夜は明けた

事故から32日目の朝を迎えた

毎日、多くの場合、日に4錠も連続して飲み続けてきた鎮痛薬のカロナール500も効かなくなったようだ

私の苦しみを和らげてくれない

妻が2階の寝室から降りてきた

妻も朝は薬を服用するために何かを口にする必要がある

ダイニングキッチンのテーブルで何かを食べ始めたようだ

Matthewは勘違いをしたようだ

ソファーで横になっている私の所へ「お父さんごはんだょ」と迎えに来た

私がわかったと言ったり、立ち上がる素振りを見せると、ダイニングキッチンへと戻る

妻の手からビスケットをもらうのが彼の狙いである

妻が食べている姿を見て「朝ごはんだ」とMatthewは思ったようだ

(ちょっと早いようだが)お父さんを迎えに行こうと考えた

考えは行動に出た

妻がその姿を見て「違うょ!」とMatthewに声をかけた

妻の言葉は「早く!」とMatthewには聞こえるのか、妻が否定しても何度も私を迎えに来る

私は笑いがこみ上げてきて止まらなくなった

(仕方がない、)私は起き上がり、杖を頼りにダイニングテーブルの私のいつもの椅子に座った

私はテーブルの上にあったバターロールを少しちぎりMatthewにお礼をした

Matthewはおすわりをしてそれを受けた

いつもだと、妻が用意してある愛犬用のビスケット2枚が食べられる

ダイニングテーブルの席へ移動をしたので、私の役割は一応済んだ

私はリビングルームのソファーに戻って休むことにした

妻が「お父さんを送っていきなさい」と言った

Matthewは私の後についてきた

私がソファーに座るとMatthewはダイニングキッチンへ足早に戻った

妻からビスケットをもらったかどうかは確かめていない

朝の陽射しにも朝の野鳥のさえずりにもMatthewのお迎えにも私はとても癒された

痛みを忘れさせ、苦しみから私を救ってくれた

p.s.

私は傷を負い、妻も原因がつかめない痛みと持病のめまいの中にいる

Matthew君の散歩は必要になる

Matthew君が一番好きなタマちゃんと2番目に好きのトッコちゃんが朝の散歩と夕方の散歩をかってくれている

今朝も勝手に家を出て行った

タマちゃんとトッコちゃんの声が聞こえたからだ

タマちゃんもトッコちゃんも、Matthew君との散歩を楽しみ癒されているようだ

散歩を終えると、Matthew君は勝手に家に帰って来る

2026年5月18日月曜日

抗生物質を服用

 昨夜は私もいっぱいいっぱいであった

痛みに耐えての夜は長かった

退院後、足の状態も痛みの具合も変わって来ている

「壊死創以外の何か違う問題が生じてきているのではないか?」との考えに落ちて行った

膝下、特に甲が赤く腫れている

中指の付け根から小指の付け根にかけてが相変わらず痛く赤く腫れている

足首から上方向へ電気が走るような痛みも襲ってきている

どこから痛みが出ているのかよく分からなくなっている

壊死創でなく、壊死創の上のふくらはぎに痛みは移っているような感じもする

痛みの位置、痛みの種類も違ってきていて、恐ろしくなってきた

南東北医療クリニックの形成外科へ痛みの位置、痛みの違いが出ているが、心配ないかと問い合わせてみた

だが、医師も看護師も電話に出てもくれなかった

医師に聞いてもらいたいと私は事務員に食い下がった

午後は医師は誰もいないと看護師から言われとの返事が返ってきた

私は、黙って電話は切った

私は整形外科の患者で、通院治療を受ける患者で、植皮手術も予定されている患者なのだ

患者が抱えている恐れを聞いても対応しない

やはりここでも、「聞き入れる」が「聞き上げる」対応はしない決まりのようだ

入院患者もいる大病院の形成外科に、月曜日なのに、一人の医師もいないとの回答を私は信じることはできなかった

対応マニュアルには、「電話に出てはならない」、「医師はいない」と書かれているのかもしれない

総合南東北病院は、日本医療機能評価機構認定(3rdG:ver.1.0)の第三者認定を取得している

「すべては患者さんのために」が院是であることをここに示しておく

セカンドオピニオンの病院を紹介もらうつもりで、かかりつけ医院へ相談に行った

セカンドピニオンの病院を紹介してもらうところまでには至らなかった

だが、褥瘡(床ずれ)については詳しそうであった

私の壊死創をよく観察し、大きな綿棒なものを使い傷の中をよく洗った

ウミを出そうとしたのか、ガーゼで壊死創内を指で押した

白い所は悪い部分(不漁肉芽)でこれが消えてこなければならないそうだ

また、赤い肉芽が平らになってくると良いそうだ

壊死創の周りに心配しなければならないところは認められないそうだ

足の指の付け根当たりの赤い部分の痛みについては分からないようであった

ガーゼに残った滲出物の中に感染を疑うものが認められると言う

南東北医療クリニックの形成外科通院日までの二日分の抗生物質も処方された

かかりつけ医は、私の話もよく聞き、壊死創の傷の中の状態も壊死創の周りの状態もよく説明してくれた

安心を与えてくれる内容であったと思う

かかりつけ医院にゲーベンクリームは無かった

ガーゼを剥がした壊死創にはゲンタマイシンを塗ったガーゼを仮に当ててくれたて

帰宅後、家で壊死創は再度洗い、ゲーベンクリームを塗り、滅菌ガーゼで保護した

この処置のことを医学用語では、「ドレッシング」と呼ぶ

洗っている時にも洗った後も壊死創からのチクチクとした痛みが出た

かかりつけ医が大きな綿棒で壊死創内部を洗ったり、ガーゼで壊死創内を押したりした影響がこのチクチクとした痛みとして出ているものと思われる

今夜も眠れる自信はない

だが、安心感は増している

夕食後、処方された抗生物質(レボフロキサシン250m)1錠と痛み止めのカロナール500を1錠服用した

これで、痛みが止まることを願う

p.s.

完全移住後の18年間、母も妻も私もこの大病院を頼りにして来た

今も頼りにしている

だが、その経験を通して私は次の科は信用しないことにした

外傷センター、眼科、整形外科、リハビリ科

まだ増えるかもしれない

泌尿器科、消化器内科、心臓血管外科、腎臓内科には今も通っている

全てが信用ならないとは言わない

消化器内科と心臓血管外科の担当医は信頼している

病院と医師は選択しなければならない

なぜなら、自分に責任を取らなければならないから!

選択するには、自分の病気や怪我を理解しなければならない

褥瘡や壊死創について私の理解は不足している

勉強する!

痛みを病気の本質を科学的に理解することにより、回復を早めることにつながると私は信じている

先ずは、津山中央病院 皮膚科 鈴木 規弘医師(※)が書かれた「褥瘡の治療 2012年創傷・熱傷ガイドラインを踏まえて」から読み進めることにする

https://tch.or.jp/asset/00032/renkei/CCseminar/20150223jokuso.pdf

本資料は褥瘡についてのレポートであるが、私のゴルフカートから受けた強い外力(圧力・ずれ力)により生じた壊死創とよく似ている

※現在:医療法人鈴木医院 鈴木皮ふ科 院長

2026年5月17日日曜日

流石に私もへばった

 事故から今日でひと月となる

今日は朝の4時から痛みが続いている

左足の甲は赤く腫れて引かない

流石に私もへばった

疲れた

一人で苦しむのにも飽きた

「負けない」宣言も取り下げたくなった

今夜をどう過ごすか悩ましい

脚は高く上げていないと痛みに耐えられない

ベッドでは眠れないような気がする

今夜はソファーで過ごそう

眠くなったらソファーの中でも眠れるだろう

妻に促されてカロナール500を1錠服用した

一ヶ月も日に4錠、この薬を飲み続けていると、身体も騙されなくなったのか、効かなくなってきている

「人はひとり」

そんな当たり前のことがやっとわかったような気がする

一人で苦しむのは飽きたが、慣れてはいる

QCの教えも、今の私からすれば幼稚な考えに思える

p.s.

一睡もできなかった

私が取れる治療法

 いま、私が家にいて行える治療法は限られている

限られているが、それをきちんと行うことはとても重要なことだと感じているし認識している

それは、

1. うっ滞を防止する

1-1. 心臓よりも脚は高く上げ、下げている時間をなるべく短くする

1-2. 指の「開いて閉じて」のぐーぱーの動きを行う

2. 細菌感染に最大の注意をはらい、壊死創を泡石鹸で洗い、ゲーベンクリームを塗り、滅菌ガーゼで保護する

これを毎日続け、植皮が可能となるまで根気よく待つ

これしかできないが、これがとても大切であることに間違いはない

ターンオーバーは更に

 痛い時には赤く腫れて熱を持っ足首に壊死創を抱えた右足の甲のターンオーバー(皮膚の新陳代謝)が更に進んでいる

指も皮膚が浮いてシワクチャに見える

痒くないと思っていたが、剥がれかかっている皮膚を引っ掻いていたら、痒くなってきた

ギブスの中の痒みに対し、箸を中に入れて掻いていたら更に痒みは酷くなった

この経験があったので、剥がれかかっている皮膚は気になるが、剥がしたり、引っ掻いたりはしないことにした

p.s.

今日は何故なのか1日を通して痛みが続いている

昼を過ぎても壊死創を負っている左足の腫れと赤みは消えない

腫れと赤みは、痛みと関係がありそうだ

眠った