2026年5月6日水曜日

セルフリハビリ

 入院から数えて18日、トイレで便器に座る際に手すりな捕まり右脚1本だけで立つこと以外立ってもいない

先週の木曜日だったか、松葉杖の前トレ(確認)で2〜3分、平行棒につかまり歩いたことと、次の日の病室の廊下で松葉杖のテストで5分くらい歩いただけである

病室の「歩けない」と嘘をついてる爺さんの所へはこのゴールデンウィーク中にも、午前と午後の2回、療法士来てリハビリを進めているのに、なぜ私のところには6日間も療法士はやってこないのか?

差別だ!訴えてやる!

仕方がない

自分でやるか!

左のブレーキの効きが悪い車椅子は、なんだかんだといちゃもんをつける看護師の言うことは無視して、たくさん並んでいる車椅子の中からブレーキが正しく効くのを選んで乗り換えてやった

この正しくブレーキが効く車椅子をベッド脇に着け、後ろへも動かないようにプラタンスに押し付けた状態にして、両手を車椅子の肘掛けに添えて、痛んでいない方の片足屈伸、痛んだ脚の方も加えて、股関節の負け伸ばしを10分ほど行ってみた

気分がいい

体にもいい

時間つぶしにもいい

薄っすらと汗もかいていた

今日も15時にはシャワーの予約を入れてもらっている

着替えもある

ノープロブレムだ!

懐かしさと切なさの同居

 昨夜、浅田次郎の小説「地下鉄に乗って」を読み終えた


幸せとは、懐かしさのなかにあるのではないか。ときおり、そう感じる。

人は、だれしも生きてきた土地と時代に無縁ではいられない。家族という血縁から逃れられないように。そのために、自分の思いどおりには生きられず、苦しみばかりを味わってきたという人は多いかもしれない。

だが、年月を経ることで、自分とかかわったさまざまな縁のかたちが、ちがった側から見えてくる。過ぎた日々は戻らない。起こった事実を受けとめるしかない。無心になって過去を振りかえると、そのときには気づかなかった、かけがえのなさと親しみを覚えることがある。懐かしく思いはじめるのだ。

そしてまた、辛苦や悔恨の情が深く刻まれた思い出ほど、いま自分がここにいることを強く感じさせるだろう。楽しさや悲しさといったひとつの気持ちから生まれる幸福感や不幸感ではなく、もっと複雑で矛盾した「懐かしさ」こそ、生きている証しとなる感情といえるかもしれない。


これは、吉野 仁が書いた「地下鉄に乗って」の解説の冒頭の一節である


私の79年の人生もそんなであったと思う

「懐かしさ」と「切なさ」が同居している

そんな感じを抱かせた小説であった

p.s.

私は、父のような男には絶対にならないと誓って生きてきた

小説の主人公のように

父は周りの人から見ると「立派な」人であったようだ

田舎にも貢献した人のようである

だが、家族の側から見た父は無責任な男であった

満州では贅沢三昧な生活をしていたようだ

甥の大学の資金も送っていた

従兄弟の綿工場設立にも力を貸していた

母が「家を買ってきて」と渡した金を使い果たして満州に帰ってきたそうだ

子供の頃、あの家は私たちの家になるはずであったと母から教えてもらったことがある

自分はキャメルのコートを着てビカビカな靴を履いていた

私と弟と母は、6畳ひと間の汚い外トイレの長屋に住んでいた

外に女がいた

好き勝手に生き、幼い子供2人と母を残して、病気の治療もおろそかにし、何一つ残さないで死んでいった

残された3人は、バラバラな所でバラバラな生活を続けて生きてきた

この「電車に乗って」の小説のように、タイムスリップし、父の若かりし頃の姿を追うことができれば、もう少し、父のことが理解できるかもしれないとは思った

周りから、私は、「父にとてもよく似ている」と言われている

小説の主人公のように

眠れた

 目が覚めた

ぼぉ〜としている

車椅子に乗りトイレに向った

もう、窓が明るかった

スマホの時刻を確認した

4時半であった

昨夜も0時に痛み止めのカロナール500を飲むために、22時に用意してあった菓子パンとジュースを飲んだ

明るい洗面所で小説の「地下鉄に乗って」を読み終えた

ベッドに戻ったの11時頃だと思う

眠った

0時に目が覚めることはなかった

カロナール500は飲んでいない

前日の昼12時にも飲んていない

私は、入院をしてから今日で18日となる

23時間もの長い時間、痛み止めなしで過ごし、痛み止めなしで眠ったのは初めてだ

いつもだと、朝の6時がくれば、3種類の痛み止めと1種類の胃薬を飲む

今朝は、この薬も止めてみることにする

まだ眠れそうだ

もう一眠りすることにしよう

2026年5月5日火曜日

午前中ぼ〜として

 昨夜は一向に眠くならなかった

痛くて眠れないのではないので、苦しいわけではない

まぁ、眠くなるまで待てば良いと思った

小説はあまり読まない

読まないと言うより白けてしまうことが多くて、途中で放棄というものが多い

妻が小説ではない意外な本も勧めた

この「ドードーの歌」はおもしろい

だが、この手の本を読む場合、私はメモを取りながら読む癖があるので、入院中はちょっと難しい

一昨日に妻が黙って置いていった浅田次郎の小説「地下鉄に乗って」は面白くなり、朝の5時まで読み進めた

さすがに疲れて、5時にはベッドに戻った

眠ろうと思ったが、疲れているだけでまだ眠くはならない

6時になり処方されている3種類の鎮痛剤と1種類の胃薬を飲んで横になったがまだ眠気は来ないが、午前中は、ぼ〜としてベッドの中で体を横たえて過ごした

夜は寝ないと、次の朝がきついとわかった

「地下鉄に乗って」はまた昼過ぎから読み始めた

思った

小説は苦手なのだが、そんな中でもタイムスリップ物は好きなようだ

蒲生邸事件やJIN‐仁は面白く読んだことを思い出した

それと、「地下鉄に乗って」は東京メトロが題材となっている

私も東京で長く働き、この小説の中に出てくる地下鉄と場所は懐かしさも加わるので読み進められていると思う

銀座も渋谷も青山も私の勤務地であった

p.s.

妻は今日、また新たな小説を持ってきた

浅田次郎の「闇の花道」と山本一力の「峠越え」である

ベッド生活だと、文庫本の方が重量の関係で楽だ

深夜読書

 今夜は痛くて眠れないわけではない

今夜もいつもの通り、0時少し前にカロナール500は飲んだ

この鎮痛剤が効いているのか、もう夜であっても痛みが襲ってこなくなったのか、どちらかはわかないが、眠れないほどの痛みはない

アイスノンは痛みの防止には欠かせない物になっている

新しくキンキンに冷えたアイスノンを持ってきてと頼んだが、あまり冷えたものがないと言って済まなそうに2つ持ってきた

2つは要らないので一つを受け取ったが、確かにあまり冷えてはいなかった

なぜ、この夜中なのにギンギンに冷えたアイスノンが無いのか不思議であった

あまり冷えてはいないが、これで痛い足を冷やしていたが、まったく眠気はやってこない

一昨日に妻が来た時に、テーブルの上に黙って浅田次郎の小説「地下鉄に乗って」を置いていったようだ

先に置いていった小説「シェエラザード」は少し読んだが、白々しくて面白くない

深夜だから部屋は真っ暗になっている

まぁ、と思い、シェエラザードも持って、本を読むのに適した明るいところ探した

ナースセンターの前が比較的明るく、そこでシェエラザードを再び読み始めた

やはり面白くない

代わりに「地下鉄に乗って」を読み始めた

これも最初、面白くないなぁと思ったが、眠気はまだ来ないので、更に少し読み進めた

のっぺい先生が出てきたあたりで面白くなってきた

トイレに行きたくなりトイレに向った

もっと明るい所を発見した

洗面所は煌々と明かりがついていた

ここで「地下鉄に乗って」を読み進めている

2時半近くになったが、全く眠くならない

まぁ、寝なくても良い

p.s.

不思議なことにもなった

3階のこの病棟にWiFiは届いていない

届いていはずなのだが、この洗面時では繋がった

この洗面所の位置だと届くのか?

それとも深夜だから届くのか?

場所を変えて確認してみた

どうも、この洗面所のこの位置だけなようだ

誰もわかっていないのか、わかっている人は黙っているのか

どっちだろう

2026年5月4日月曜日

赤い光

 夜の病院は怖い

子供のように、暗いから怖いといった様なことではない

昼間は何でもなかった痛みが、夜になるとなぜか襲ってきて眠れなくなるから怖い

いま入院中の私は、夜、熟睡できるような対策をいくつか取っている

(1) 0時頃に鎮痛薬を服用する

(2) 痛い脚を冷やし続ける

(3) 赤い光の中で眠る

(4) 音楽を聴きながら眠る(病院ではイヤホン)

※ 赤い光は登山用のヘッドランプの赤い光をいま私は枕元で灯している

※ 緊急ライトだが、点滅モードではなく点灯モードで使っている

(3) に付いての理由をAIに説明してもらう

眩しくない赤い光の波長は、主に640nm〜770nm(ナノメートル)の範囲です。

この波長域の赤い光が眩しく感じない主な理由は以下の通りです。

目の感度(暗順応の維持): 赤色光は、暗闇で物を見るために働く「桿体(かんたい)細胞」を刺激しないため、暗闇に慣れた目(暗順応)を維持でき、眩しさを感じにくいです。

エネルギーが低い: 可視光線(目に見える光)の中で、赤い光は最もエネルギーが低く、青い光に比べて網膜への刺激が少ないです。

具体的な用途と波長:天体観測・緊急用ライト: 630nm〜660nm付近がよく利用されます。

睡眠用ライト: 赤い光はメラトニンの分泌を抑制せず、寝付きを良くする効果があります。

特に660nm付近は、明るさを感じにくく、暗所作業用として適しています。

病院家族

 入院していると色々な家族に出会える

私が入院をしている病棟にWiFiは届いていない

妻に電話を入れる必要があったため、本館の地下一階の売店のところまで降りてきた

電話は鳴れども妻は出ないので、私は病室へ戻ろうとした

その時、目の前を頭部も固定されているように見える大きな電動車椅子が私の目の前を通った

電動車椅子の後ろに高校生くらいの女の子がついてきていた

電動車椅子は乗っている患者が左手で操作をしていた

電動車椅子が進む先にはレストラン前に置かれた椅子と小さなテーブルがある

その椅子には父親らしき人と母親らしき人が笑顔を向けて座っている

その脇に立っていた中学生ほどの女の子が電動車椅子がに向って走り出した

電動車椅子は止まった

その子は電動車椅子の人に抱きついた

私は突然涙が流れてきた

いま、こうして書いていても涙が流れ出てくる

電動車椅子のあっちにもこっちにも、後ろにも脇にもスヌーピーのぬいぐるみやらバッグや、その他の色々なスヌーピーがぶら下がっていた

どうも三姉妹らしい

電動車椅子の子も女の子のようで体の大きさから見ると長女のようだ

車椅子の後についてきた子は次女くらいで、抱きついた女の子は一番下の子のように見えた

大好きなお姉ちゃんに抱きついたように見えた

本当のハグを私は見た

どのような入院生活をしているのか想像もできない

私も妻もサンドウィッチマンの「病院ラジオ」をよく見るが、どこの病院にも辛い思いを抱えている家族はいるのだとあらためて感じた

いま私は、家族という言葉以上に温かく感じられる言葉はないのではと思っている

足の怪我からも、私に色々なことを教えてくれる

セルフリハビリ