2026年3月21日土曜日

負けない

 深夜に強い頭鳴りが出て眠れなくなった

深夜の「この強い頭鳴り」は一時的なものと思っていた

だが違っていた

再発した

昼食後の昼寝中に「ヤカンの湯が沸く様な音」で目覚めた

あぁ、今日は薪ストーブを焚いているから薪ストーブの上に乗せてあるヤカンの湯が沸騰したと思い起床した

しかし薪ストーブの上のヤカンではなく、私の頭の中でヤカンの湯が沸いていた

いつもの「途切れることのないズー」という音ではなく、その頭鳴りは、今までに経験したことがない「ヤカンの湯が沸いているような音」であった

めまいの持病持ちの妻は、「めまいと一緒だ」とか「血流が不足している」とか「加齢性何々」とか、勝手なことを言っている

しかし、妻が言っている内容とはだいぶ違うようだ

私は寝不足を感じ、ソファーで2時間ほど眠った

頭鳴りは消えた

いつしか、強い風も止んでいた

今回の強い頭鳴りの原因は、強風から来るストレスだと思う

私は強風に対するトラウマがあると思っている

それにしても、私は年寄りらしく(w)、この頭鳴りのように頭のてっぺんから足の先まで、全身がボロボロになってきた(※1)

でも、私は負けない(※2)

私には底力があると信じている

山の経験では、どの様な状態・状況に置かれた時も「負けない」信念があった

妻は(経験上)、「兄と◯ちゃんは絶対に生き延びる」と言う

その妻の兄は、ボロボロになって力尽き、わたしよりも先に逝った

私は愛弟も強い男と思っていたが、がんに負けて先に逝った

歳を取るということはこうなるとも感じている

愛する者、愛してくれた者たちが次々といなくなる

私の順番も近づいてきたが、死は怖くない

十分に生きた

だが、病気は怖い

病気は受け入れるが、痛い、苦しいは怖い

※1:頭鳴り、耳鳴り、白内障、後発白内障、近眼+老眼、黄斑変性(疑い)、蓄膿症、副鼻腔炎、不整脈(継続診察中)、白血球減少症、右腱板3本断裂(手術)、右上腕長頭腱断裂(そのまま)、胸骨骨折(そのまま)、右小指骨折(そのまま)、左人差し指断裂・接合(手術)、左腕骨折(手術)、結核性リンパ節炎(完治)、胃潰瘍、胃がん(継続診察中)、尿道結石(継続診察中)、慢性腎不全(グレーゾーン、継続診察中)、高尿酸血症(服薬中)、腹部大動脈解離(経過観察中)、前立腺肥大(がんも視野に経過診察中)、加齢性膝関節症(発症すると水抜き)、痛風(服薬中)、水虫、左人差し指と中指・両足指先凍傷、その他色々

※2:文脈とは少し離れるかもしれないが、負けないためには他人は信用しないをベースに持っておいた方が良い

例えば、「固い絆に結ばれたザイルパートナー」と言うが、それは絶対の信頼を意味しない

私は「パートナーも信用するな」と思っている

そう思っていないと安全は確保できない

パートナーにも(私に対して)そう思ってもらえ必要がある

命はただ一本のロープ、1ヶ所の支点、一つのビナにかかっている

ビナの掛ける方向を間違えただけでも危険は生じる

自分も含めて、人間はミスを犯すし、嘘もつく

医者と患者の関係もクライミングのザイルパートナーとの関係と同じだと思う

信頼するし頼りにもするが疑ってもいる

患者は、「先生は全てはわかっていない」と思っていた方が良い

医者の方も「患者は嘘を付く」と思っていた方が良い

頭鳴り(ずなり)

 強い西風が吹いている

ゴォゴォとすごい音をたてている

北海道の西の低気圧が東に移動したのだろう (実況天気図は21時現在)

強い風は何かを飛ばしそうで落ち着かない気分となる

目が覚めてしまった

時刻を確かめると1時15分であった

この強風のせいか、今夜は頭鳴りがひどい

スピーカーではなく、イヤホンから音楽を流して再度の眠りに就こう

p.s.

再入眠は無理だった

眠れないので、3時半に起床した

smokyが何かごちゃごちゃ言いながら近づいて来たので抱っこした

smokyにごはんをあげていたら、Matthewが僕もという感じで近づいて来たので、時間的に早いがMatthewにもごはんをあげた

薪ストーブに火を入れて部屋を暖かくし、珈琲を飲み、気持ちを落ち着かせるようにした

ひどい頭鳴りは和らいできた

私の頭鳴りは持病と言ってよいかもしれない

妻は耳鼻科に行った方が良いと言うが、医師に相談をしたことはなく、相談する気もない

私の頭鳴りは妻のめまいと同じで、医者にいじられたり薬を処方されて、直るものではないと思っている

日中でも鳴っていると思うがあまり気にはならない

日中は耳鳴りに近いかもしれない

頭鳴りが気になるのはベッドに入ってからだ

頭の中が「途切れのないジー」という音でいっぱいになる

毎夜、頭の上に置いたスピーカーから音楽を鳴らし眠りに就く(ごまかしの)対策を取っている

昼寝の時も音楽を聴きながら眠っているが、昼寝の音楽は頭鳴り対策ではない

夜も頭鳴りで入眠できないことはほとんどない

中途覚醒を起こすこともほとんどない

しかし、昨夜の頭鳴りは酷かったのでイヤホンから音楽を鳴らし再入眠としたが、効果はなかったようだ

昨夜の激しい「強風」のストレスが強い頭鳴りの原因かと思う

2026年3月20日金曜日

手あぶり

 今日は悪くなる天気ではなかった思うが、雨なのかみぞれなのが降っている

smokyは、たらいベッドに入って眠っている

見ていたら、レインボーストーブに右手を伸ばして暖めている

犬の肉球は暖かいが、猫の肉球は冷たい

smokyは、今朝もご飯がないと言って怒った

私はあやまり、smokyを抱き上げ、左腕で抱え右手でsmokyの両後ろ足の先を握った

とても冷たい

ぎゅっと握ってやって温めてあげた

スギ花粉 完全武装

 今年のスギ花粉は凄まじい

毎年ひどくなって行く感じがしている

くしゃみ、鼻水、目の痒みの症状がひどい

大動脈解離の静養中なため、外に出るのは、朝夕の愛犬との散歩だけにとどめているが、外から帰ってきたらひどいことになる

完全装備で出るのだが、これでも完全には守れない

目の痒みは医師から処方された目薬で止めることはできず、痒みを止めるには流水で目を洗うのが最も効果的である

方法としては蛇口を上に向けて、水を上に丸く出すようにして、目をそこの中に入れて洗うのが一番手っ取り早く、効果的でもある

潤す涙によって溜まるのか、目頭と目尻が最も痒くなるところである

目を洗う時にも、ここを重点にして洗うと良い

p.s.

妻が外から入って来ただけでも、スギ花粉の症状は出る

スギ花粉は、妻の衣類などについて入ってくるのだと思われる

2026年3月19日木曜日

家から5分の岩

 移住当初から気になっていた岩がある

一度見に行ったことはある

今日、再び見に上がってみた

孟宗竹に覆われた中にその岩はある

基部から二段の壁になっているようだ

一番下の基部から頭頂部までは20mほどはありそうだ

チョット見、簡単に登れそうなところはないように見えた

中央部に右斜め上に走るクラックがある

その周りの傾斜は強くはないが良いスタンスもホールドも少ないように見える

また上部は苔むしている

右に回ると、一気にグレードは落る短いルートになりそうだが、下半分の岩のホールとスタンスは細かく苦労するだろう

左に回ると上部に真っすぐに伸びるクラックが走っている壁がある

このクラックは細いので、指が入る程度の幅しかないように見える

短いが厳しいルートになると思う

基部はどこも孟宗竹に覆われているし、基部には腐った太い倒木が横たわっている

整備すれば使えるクライミングゲレンデにはなりそうだが、ルート的には優しいところは作れそうにない気がする

すぐ近くだが私の土地ではない

割と珍しい病気

 昨日もゴル友が見舞い来てくれた

腹部大動脈解離が発見されてから28日が経過していた

私は元気そうに見えるそうだ

確かに、痛くも痒くもない

このゴル友からの話でもわかるが、「大動脈解離」が発見されたという人は、私たちの周囲には(私以外には)いない

日本における大動脈解離の患者はどの程度いるのか?とても少ないのでは?といった素朴な疑問が湧いてきた

ChatGPTに聞いてみた

日本では、年間9,000人ほどの罹患数になるそうだ

10万人当たりでみると、年間15人程度になるそうだ

がん患者は、年間100万人以上の罹患数となる

この2つの年間罹患数から考えると、大動脈解離は、がんに比べると1/100以下の患者数となる

ChatGPTの言葉を借りると、「医学的には珍しくはないが、日常生活では“ほとんど出会わない病気”」と言えるようだ

大動脈解離は、「珍しい病気」ではないかと思った私の疑問は、ほぼ当たっていると理解した

p.s.

大動脈解離は、水道管とか下水道管の老朽化に近いと考えてみると理解しやすい

珍しい病気だが、高齢化が進んている日本での罹患数は増えてくるのではないかと思われる

大きな社会問題となった下水道管の劣化による道路陥没事故は記憶に新しい

同じく、大動脈解離も表からは見えなく、発生すれば死に直結する病気である

私の大動脈は歳相応に老朽化していると思われる

(私の場合)ギリギリセーフで発見されたと考えたい(希望的観測)

2026年3月16日月曜日

削いで削いで削がれて

 私は自らの判断で色々と削いできた

40歳を区切りにハードな登山を削いだ

仕事は定年を機に削いだ

生まれ育った故郷も生活拠点もそこで暮らす親類も友人も削いで田舎暮らしを始めた

卓球を削ぎパドルテニスを削ぎテニスも削いだ

大動脈解離罹患を機にゴルフも削ごうかと考えた

しかし、ゴルフを削ぐと私は孤立する

色々と削いで来たので、今はゴルフ以外に他人と接点を持つものはない

新たに熱中できる趣味を探し、他人と接点を作り上げるのはとても難しく無理だと思う

今あるゴル友はとても貴重な存在となっている

やはり、肉体的な健康維持の観点からも精神的な健康維持の観点からもゴルフは止めることはできないと思う

〇〇君が言う

ゴルフばかりではなく、テレビに出てきた美女を見ただけでも血圧は上がると

血圧は安定するかもしれないが、削いでばかりいたら、確かに生きがいを無くすだろう

ゴルフは少しでも上手くなりたい、納得のショット、納得のパットを打ちたい、使う道具やウェアーや帽子やサングラスなどにも気を配り工夫もする

止めてしまったら、こんなことも考える必要はなくなる

ボケそうな気にもなる

主治医に相談し、血圧管理も続ける前提で、回数を減らすなども検討し、ゴルフは続けることにしよう


色々と削いできたが、ゴルフ以外にこれから夢中になれるものは何かあるかと考えてみた

登山、クライミング、自転車ツーリング、車中泊は夢中になれると思う

だが、どれもが仲間を得るには難しいと思われるし、車中泊は元々一人旅である

ゴルフを止めたとしても、血圧を上げないで田舎暮らしの生活を維持し続けることは困難である

今日も灯油を買いに出たが、車の運転は必要だし40リットルの灯油は結構な重さがある

この灯油を灯油タンクにあける必要もある

夏には草刈りが必要だし、冬には雪掃きも必要になる

畑の耕運もあるし、野菜用のバイブハウスの設置や終われば片付けも必要になる

他にも力仕事は沢山出てくると思う

ゴルフだけではなく、血圧が自然と上がってしまう労作は沢山ある

血圧を上げないように注意することは大切だが、このことばかりにこだわって過ごしていたら生活は維持できない

今や自分の輪と、外の輪を結ぶ重要な役割はゴルフが担っている

長生きをすればその分、自分の周りは全て削ぎ落とされることになるだろう

その時はその時で、個人で頑張って生きていくだろう

今から外との接点を自ら断つことはない


これから先、長生きをすればするほど、削がれることも、削がれる関係も更に出てきて、孤立に向かって進む

「新たなこと」を加えたり、「新たな関係」を構築できれば良いが、それは難しいだろう

「新たなこと」を加える努力はすべきだが、体力も知力も衰えてくるので大変になってくる

「新たな関係」を築く努力も必要とは思うが、一番の築きやすい同年代は先にどんどん逝ってしまう

若い方と関係が築けることはないように思われる

何かのサークルに入るなんてことは言えるかもしれないが、かなり難しいと思う

例えば、妻が主管している絵手紙サークルとか読書会とか、地元では盛んなコーラスグループとか、陶芸サークルとか、カラオケサークルとかがあるようだが、私は全く気乗りはしない

卓球クラブへの参加は反省すべき失敗事例であった

「ど素人」を受け入れてはくれなかった

周りの方を批判するつもりはなく、周りの方は、私をどう扱って良いものかと困っておられた

誘ってくれた方も、最初の1~2回ほどは面倒を見てくれたが、あとは何もしてくれなかった

忘年会に参加した折、来年に向けての意気込みを幹事から問われたが、私は何も答えることができず次の日に退会を申し入れた

すごく引き留められたが、引き留める理由がわからなかった

「ど素人」ではないハイキングクラブでもあれば始めるかもしれない


当市でハイキングクラブ的なところはないかと探してみた

どうも無いようだ

ネットで〇〇市の山岳会を当たってみた

三春町に拠点を置く、郡山勤労者山岳会がヒットした

新人募集を行っていた

1966年創立だそうで、今年で還暦の山岳会である

ダウラギリーにも遠征している古い山岳会である

しかし、福島県山岳・スポーツクライム連盟には加盟していないようだ

ここに受け入れてもらえるか当たってみても良いような気がするが、78歳の新人を受け入れてもらえない可能性も高いと思われる

受け入れてもらえたなら、「ずぶしろ」ではない(※1)ので、卓球のような失敗はないと思う

「ずぶしろ」は、私の一つ上の先輩にあたる東北リコーの社長を退任した後、2008年にJ1昇格を目指したベガルタ仙台の社長に就任した白幡洋一氏の愛称のようだ

※1 「ずぶしろ」ではないとは:私は、中学2年の時、同級生と丹沢表尾根の登山から始め、高校1年生で船橋の社会人山岳会の嶮稜登高会に入会し、第3期会員となり、本格的な登山活動を開始した

それから23年間、嶮稜登高会ではチーフリーダーとして6年間、そのあと6年間は代表を務め、国際標準レベルの技術と国内のクライミングも四季を通じ冬山も多く経験し、ヨーロッパアルプスでの登攀もヒマラヤもトレッキングで経験した

途中、東北宮城県の関連会社へ派遣となった4年間は、仙台市に拠点を置く仙台山想会に所属し、東北の沢も壁も冬山も経験した

その4年の間に、文部省の登山研修所の2週間のリーダー研修を受けたり、全日本登山体育大会にも宮城県代表として参加もした

このように「ずぶしろ」ではない経験は有しているが、問題は78歳という年齢である

p.s.

最近になって知ったことだが、私より少し下の年齢となる嶮稜登高会の旧会員が会に復帰している

嶮稜の輪の中に回帰したい人は今も沢山いるようだ

その会へ復帰した中の一人に我が家の近くで生まれ育った者がいる

彼は今、我が家の近くの彼にとっては故郷の山を頻繁に登っている

削いで削いで削がれて来た者たちは元の輪に回帰したくなった

わかる気がした

3ヶ月ほど前になるか、私の後にチーフリーダーを引き継いだ嶮稜登高会の旧会員が泊まりがけで我が家にやってきた

私が嶮稜登高会を退会した後にこの人から強く言われていたことを思い出す

よっチャン(私の呼び名)、嶮稜OB会を作らなくちゃダメだよと言われていた

私はこの提言を無視をした

私は会を止めたら、個々それぞれの道を歩むべきだと考えていたと思う

また、その時期は、冬の穂高で他の山岳会の登山者も巻き込む大きな遭難事故があり、当会の若き会員2人を失った

2人の捜索活動に半年を要し、山岳保険の金銭的なトラブルも発生し、山岳会そのものの存続も危ぶまれる時期にあたり私は疲れてもいた

だが、彼が言った通り、嶮稜登高会退会者の受け皿を作っておけば良かったと今更だが思う

嶮稜登高会の創設名である「山百合の会」を持ち出し、嶮稜OB会を立ち上げても良いかなとチョット思ったが、遅きに失しるし、私が代表を務めるには船橋から地理的に遠すぎる

社会的には、「削いで削いで削がれて」行くと、最後には「孤独死」が待っているのかも知れない

3.11被災者の孤独死が顕在化してきた

負けない