2026年5月4日月曜日

壊死している傷の状態

 怪我をした日から数えて17日が経過した

これと言った治療はしていない

簡単に言えば、痛み止めを飲みながらベッドに横になっているだけだ

腓骨に入った細い糸を引いたようなヒビ状の骨折を最優先にとかんがえられ、脚全体をギブスで固定する治療から始められた

壊死している擦過傷の手当ては何も処置にされないままで、入院から9日間も放置された

骨折の痛みではなく、傷の痛みが激しくなり苦しんだ

主治医が休みの日に、私の苦しみを見かねた看護師により、代わりの医師が擦過傷の状態を診てくれた

その日からギブスは外され、傷の洗浄と抗生物質の塗布を行うこととなり、本日まで6日が経過した

本日、突然に、神出鬼没の担当医が傷の様子を見に来た

良くなってきた

黒いところ(壊死)も小さくなってきた

周りの赤いところが見えてきた

形成外科に診てもらう時期にきた

とのことであった

しかし、黒いところは(壊死)の大きさは、入院した時と変わらないかそれ以上に大きくなっている

小さくなってはいない

掲載した写真は、外くるぶし側に負った傷である

前述の通り、黒いところが壊死している組織である

反対側のくるぶしの脇にも小さく10円硬貨大の壊死した組織がある

植皮になるにしろ、私としては早く形成外科の診察を受けたい

この傷はどの程度の問題か、どのような処置が必になるかを早く知りたい

この先しばらくの生活をどうするか、考えなければならない

めまいの持病の発症や、一昨日から帯状疱疹になってしまった妻のことも心配になる

私がいま帰ったら、「老老介護」を超えた「病病看護」になってしまう

突然にやって来た

 連休明けまでは来ないと思っていた神出鬼没の担当医が、さっき、突然に、やって来た

今日は随分話したし、優しかったな

傷の状態を確認したあと、「形成外科で診てもらう時期に来た」そうだ

「黒いところがはっきりとしてきた」と言う

元々黒い所は、はっきりしていたと私は思っていて見解にはギャップがある

ギブスへのこだわりは今も強い

「歩けなく危険もあるから」と言う

本当はギブスは着けておいたほうが良いという

木曜日に(骨の)レントゲンを撮るという

ギブスを外した後であったから、29日だったと思う

入院時にも撮っているが、2度目の骨折箇所のレントゲンも撮り終えている

この結果を聞くのを私は忘れた

何の前触れもなく、突然にやってくるので聞きたかったもすぐには出てこない

専門医でないと見えない細い糸を引いたヒビのような骨折だが、それほどに問題になる骨折なのかと疑問にもなる

一緒に(?)針金を1本刺す必要があるかもと言う

一緒とは何を指すのか?話しの流れからすると形成外科と一緒にという意味にとれた

針金を刺すとは、骨の芯に金属を通して固定するという意味だ

私は、左人差し指の手術で経験済みである

その時には、針金を抜くまでの間、人差し指の先から針金は飛び出していた

足首の傷については、形成外科の予約状況を確認して「外来で」と言った

形成外科へは外来受診をさせる気でいるようだ

植皮となると手術後が長くなる

動かしてはいけないからねと言う

外来と言うし、植皮後は長くなると言うし、今日は比較的に長く話したが、話しの見えないところがある

リハビリの今までの経緯も少し話したが、

まったく、この件には反応しなかった

植皮の件とリハビリの報告、また骨に針金を刺す件の話は、去っていく医師の背中越しの質問・回答となった

慌ただしい

新車

 脚が下ろせるようになった

理学療法士が私のベッドにも訪問してくるようになった

最初の日の平行棒によるチェックも簡単にクリアー

次の日の松葉杖による歩行チェックも一発でクリアー

暇なものだから、松葉杖による歩行チェックは楽しんだ

次の日からは松葉杖による歩行訓練になると思っていたら、ゴールデンウィークに入るため、私のところに理学療法士は回せないと言う

6日間もこれないそうだ

歩けないと嘘をついている斜めベッドのジジイのところには午前午後と2度も毎日来るのに私の訓練はどうしてやってくれないのか?

差別だ!!

一昨日から車椅子が新車となった

新たな車となっただけで、ボロボロな中古車だ

脚乗せの出っ張った前がないので扱いやすいが、早速、平らに落とす事が出来る足乗せに引っ掛け右足に擦り傷ぽいものを作ってしまった

ここに赤チンはない

自分でゲンタマイシンをちょこっとすり込んでおいた

大部屋病室

 私が経験をしてきた昔の病院の大部屋は4人部屋であった

昔も今と同じようなカーテンでベッドの間は仕切られていた

仕切られてはいたが、朝になれば、すべて開いていた

患者同士はよく話をした

病気、病状、経緯は勿論、仕事の話し、趣味の話し、家族の話にまで及ぶことは当たり前のように多くあった

見舞い者は入院患者に挨拶をしながら入室してきた

見舞いで持ち込まれたお菓子や果物などはみんなにわけられた

見舞い客は、当該病人だけを心配するだけにとどまらず、同室の病人の痛みを嘆き、回復と聞けば喜び励ました

整形外科の病人の見かけは痛ましいが、病室内は賑やかであった

勿論、痛みに耐えてそれどころではない人も居たが、そのような方への配慮は怠ることはなかったと思う

医師や看護師と患者や家族の間も、今よりもっとフランクであった

私は若い頃、穂高滝谷P2フランケで滑落し左肘を折って4人部屋に入院した

退院前日に私のベッド前に入院治療をしていた大工の奥さんが、そっとビールを隠して持ち込み、病人3名と大工の奥さんの4名で私の退院祝をしてくれた

私が一番遅く入室し、一番早く退室した患者であったのだが、この同室3名の方のことは今も忘れていない

多分私は、北アルプス穂高岳でのクライミングを、自慢気に面白おかしくベラベラと喋っていたものと思う

本当は死んでいてもおかしくない滑落であったのだが!

前述の通り、私の前のベッドには屋根から落ちた大工の方、私の斜め前方は全学連の学生の方、私の隣の窓側のベッドの方は、ステンドグラス作家でイギリスから一時帰国されていた方と記憶している

全学連の学生は、内ゲバで両両足を骨折していた

一時期は、両手両足を吊り下げられていたそうだ

治療なのか拷問なのか、分からない状態であったと思う

当時の病室の入り口には、入院患者の氏名が表示されていた

この内ゲバで、両手両足を折られた学生の氏名は表示されていなかった

何故なのか理由はわからないが、再度襲われる危険もあるのかなと私は考えていたことも覚えている

イギリスから一時帰国していた方は、日本の健康保険には加入はしていないので、全額自費となる治療費のことを心配していた

イギリスでの生活のことも話されていて、日本人の自分は差別を受けていると聞かされた

病室にテレビはない

談話室みたいなところはあったと思うがそこにもテレビはない

小さな病院ではないが、テレビは一階のホールにしか置かれていなかった

この年は甲子園で銚子商業が優勝した年で、病院の一階ロビーで、患者も見舞者も医師も職員も一体となって大声で銚子商業の千葉県の優勝を万歳で喜びを分かち合った

銚商「黒潮打線」を優勝に引っ張った4番は、ジャイアンツに1位指名で入団した篠塚である

今、私は6人部屋に入院をして16日が経過しているが、入院患者の誰とも一言も話していない

病室内の人間関係も昔とは大きく変わった

p.s.

昔の病院は屋上にも行けた

勿論、屋上は高いネットフェンスで囲まれていた

屋上は洗濯物干し場にもなっていた

私は、屋上に行ってタバコを吸っていた

ちゃんと大型の灰皿も置かれていた

この灰皿も定期的に掃除もされていたと思う

私は、この怪我の入院で16日間も陽の光を浴びていない

太陽が恋しい

満足度80%の熟睡

 一昨夜も眠れた

そして、昨夜も眠れた

満足度は高く、「80%熟睡」と表現する

消灯の22時から1時まではうつらうつらの睡眠

その1時に、鎮痛剤のカロナール500を1錠飲み、アイスノンを交換してもらった

そこから5時30分まで、ほぼ熟睡できた

昨日は日中もアイスノンを使って左足首を冷やし続けた

ふくらはぎの腫れは4月28日にはかなり引いていたのだが、甲の腫れが引かないでいる

昨日は前述の通り、日中も足首を冷やし続けていた効果なのか、身体が治し続けてきた効果なのかわからないが、甲の腫れも少し引いてきたように感じる

5月1日から甲の部分に巻かれていた包帯は外されたので甲の状態はよく見えるようになった

昨日も見舞いに来た妻は、甲の腫れも引いてきたと言っていた

一昨夜、昨夜と眠れたのはこの甲の腫れの治まり具合と関係しているようにも思えた

右足を痛めている患者が私の前のベッドに寝ている

昨夜は、鳴き声に近い唸り声を発していた

この人の苦しみを私は理解できる

この人のベッドには、一昨夜から心療内科と思われる医師が来ている

一昨夜はこの医師と10分以上、2度の問診が行われていた

眠れないと訴えていた

この人の主治医も私と同じだったと思うが、主治医は私以上にこの人のところには来ない

2026年5月3日日曜日

優先順位が違う

 これは、主治医が作ったギブスである

私の枕元に飾ってある

出血した後が見える

よく作られているように見えるか、これがそうではない

私はこのギブスにも痛めつけられた

そもそも、このギブスの製作意図がナンセンスなのだ

痛みの箇所と壊死している傷の所は避けて作るべきである

だが、これは痛みの箇所の両くるぶしと、くるぶしの脇の壊死している傷の箇所を両側から挟んで締め付けるようにこのギブスは作られている

そしてまた、そもそもだが、

ギブスそのものが必要であったのか、疑問になるのである

今回の怪我の重要度から見ると、次の優先順位となる

① 壊死している皮膚の感染防止と保護

② コンパートメント症候群の進行防止

③ 骨折箇所の保護

だが、主治医の行動から見るとこの優先順位は逆になっている

骨折箇所の保護を第一優先とし、骨折箇所の保護の為、ギブスは作られ脚にはめらた

その上から包帯は強く巻かれた

骨折は、膝下に2本ある内の細い方の腓骨にある

骨折は横に細く糸を引いたようなヒビである

緊急外来へ駆け込んだ19日に、レントゲン画像から細い骨折を見つけたER の医師は、「そのままでも」と言うくらいの骨折なのだ

ERの医師が入院を決めたのはこの腓骨の骨折が理由ではない

脚の腫れのコンパートメント症候群と、傷の中にある壊死を理由として入院を決めたのである

それを主治医は何を取り違えたのか、骨折を最重視した治療方針で今まで進んできてしまった

ギブスの中の肌に直接巻く包帯も、ギブスの上に巻く包帯も強めに巻いた

骨折の保護には良いだろうが、コンパートメント症候群で脚はパンパンに腫れている

ここを、ギチギチに締め付けるの逆治療となる

ギブスは傷に当たり、より悪化させてしまった

細菌感染を最も気にしなければ壊死している皮膚の保護をないがしろにし、消毒も洗うこともしなかった

主治医の治療優先順位はまったく逆である

それに加え、皮膚の専門医にもなる形成外科にどうして私の傷を診てもらおうとしないのか誠に不思議である

形成外科の病棟は今私が入っている病棟のひとつ下の階にある

主治医は、では、ゴールデンウィーク開けに「紹介状」を書くと言っている

え!紹介状

違うだろう

下の階に行って、壊死していそうなんだけど、チョット診てやってょ!で済む話だと思う

直ぐに手術してやってょの話ではない

馬鹿げている

また言うょ

医者は頼りにすべき存在だが、信用すべき存在ではない

今日の昼もパス

 左足首の傷から来るの痛みは、夜になるの鎌首を持ち上げてくる

日中は、痛くないわけではないが、夜の恐ろしい痛みとは違い、わりと楽に過ごしている

昼食後は、鎮痛剤のカロナール500を服用するようになっている

しかし、昨日の昼もそして本日の昼も処方されているカロナール500を服用しないで過ごしてきた

但し、左足首はほとんどの時間、アイスノンの上に置いて冷やし続けてきた

これで、ほとんど痛みは感じずに過ごせていた

夕食後には処方されている鎮痛剤2種類は服用した (カリナール500+セレコキシブ)

夜は怖い!

眠りたい!

壊死している傷の状態