松葉杖をついてでないと室内も歩くことができない怪我を負っている
この揺れは、ソファーの中で受け止めた
今から考えてみると驚きを感じる
事故から2日目の午前2時ころ、救急外来で応急的に塗り薬もなく壊死創にはガーゼが当てられた
そのガーゼは、入院から数えると8日間もの長き間、当てられたままで、壊死創の状態の変化は確認されないままにされた
その間、当然ながら写真を撮る機会はなかった
その8日間、私はこの強い痛みを訴え続けてきた
この痛みの辛さは医師にも看護師にも受け入れてもらえなかった
ただ、食後の痛み止めが処方されただけである
その8日の間に救急外来で応急的に当てられたギブスは交換となった
主治医が作った新たなギブスは、より強く巻かき直された
結果、痛みは更に増すことになった
入院から8日が経過した4月27日の夜も、私は痛み止めの服用だけでは消えない強い痛みに襲われ眠れないでいた
気を紛らわせるため、ベッドから出て、ナースステーション脇の談話コーナーで傷を抱えて痛みに耐えていた
そんな私の姿を見た1人の夜勤看護師が私に話しかけて来た
(都合よく)明日は〇〇医師は来ない
明日になったら、ほかの先生に診てもらうように頼んでみると言ってくれた
次の日の28日の11時頃になり、同じ外傷センターの若い医師が私のベッドに来た
昨夜の夜勤看護師が頼んでくれた医師かと思う
若い医師は、包帯を解きギブスを外し、9日ぶりに創傷に当ててあったガーゼを外した
創傷を見た若い医師は「あぁ〜」と言った
傷を見ると、最初に誰もが「あぁ〜」と言う
若い医師は私に説明をした
病院に「皮膚専門の看護師」がいる
その人にこの創傷を診てもらうことにすると言い残して病室を去った
創傷は新しいガーゼに取り替えられた
お昼すぎに皮膚専門の看護師が来てくれた
この壊死している創傷は毎日洗って細菌感染を防ぐため抗生物質の軟膏を塗る必要があると言った
自ら、べッドの上で、外くるぶしと内くるぶしの両方の壊死創を石鹸水で洗い、お湯で洗い流し、抗生物質のゲンタマイシンを塗布し、5枚重ねのガーゼを指定して傷口は保護された
それからは、若い医師の許可を得て、ギブスは外され壊死創は毎日洗われゲンタマイシンを塗り、袋を破って出されたきれいなガーゼで傷口は覆われた
包帯は緩く巻かれた
強く圧迫するようには巻かれなかった
その日から、私は壊死創の写真と、時にはガーゼに残された滲出液の状態も写真に残すようにした
これまでも、これからも、この闘病生活はブログに書いてきた
私自身のブログに私自身が訴えることで聞いてもらえたような安堵感が得られた
壊死創を洗ってもらい、抗生物質軟膏が塗られても辛い痛みはおさまることはなかった
この日の結果から、私は痛みの主原因は壊死創から来ていると確信した
主治医は、壊死創は9日間もガーゼの交換も行わずに放置したのに対し、細いヒビ状の腓骨骨折を主体に考えていた
この日に、私は痛みの主体は骨折ではないと分かった
その後は、早く形成外科で診てもらうように頼ん
だが、この願いがも届くことはなかった
願いが届いたのは、傷口を洗い始めた4月28日から数えて13日目、入院から数えると22日目になる5月11日になった
主治医は、やっと形成外科へ依頼を出したようだ
5月11日の昼過ぎ、形成外科の若い医師が突然、私のベッドにやって来た
私はここで、回復が早い壊死創のデブリートマンの処置を希望し受けた
若い医師は、壊死創の表面に固まった黒い部分を切り取り、創傷内に溜まったウミも絞り出してくれた医師が言う通り、切り取りはすごい痛みを伴った
この日を境に壊死創から来る痛みはかなり改善された
入院中に接骨の治療らしきものは受けなかった
骨折は治っていないまま、入院から数えて24日目に、追い出されるようにして退院した
壊死創に植皮が可能になるまでは、傷の内部に肉が盛り上がってくる必要がある
それまで、自宅で細菌感染に注意しながら傷をきれいに保ち続ける必要がある
退院から1週間後の20日に形成外科の外来検診を受けることになっている
形成外科医に壊死創の経緯をひと目で分かるようにと、「壊死創進行経緯」をPowerpointで作成した
診察日の20日まで創傷の状態と滲出液の状態を表す写真を撮り続け、見やすい資料として完成させ、形成外科の治療に役立たせるようにする
この経緯を見るともっと早く、デブリートマン(壊死創削除)は行うべきであっと理解できる
私の主治医は、経緯から見ても対応から見ても、皮膚については疎いことが分かる
彼の処置・対応は間違っていたし、私が要望した通りに、早くから形成外科に私の創傷を見せるべきであった
形成外科医による処置を受けるまで、事故から数えて24日、入院から数えて22日も要してしまった
これは、主治医の責任に他ならない
形成外科医に任せるにはあまりにも遅かった
早く形成外科医診せていれば、私もこんなに苦しまなかったし、壊死創の回復も早かった
p.s.今日の壊死創を洗った後も写真を撮り、経緯資料に反映した
剥がしたガーゼの跡を見ると、滲出液が多くでている様に見える
あまり良いことではない
またこの滲出液の広がり具合も広くなったようにも見える
ガーゼに残った滲出液跡を見ると、外くるぶし側と内くるぶし側の壊死創が近づいている
「シャワーで洗っている時にも痛いよ」と退院前に看護師から言われていたとおり、シャワーを直接に傷に当てると痛かった
だが、それくらいにきれいに洗わないと意味がないとも言われている
ゲーベンクリームを塗る前に傷口を確認してみた
やはり、外くるぶし側の壊死創は広がっている
ガーゼに残された滲出液の広がり具合と同じく、外くるぶし側の壊死創は内くるぶし側に伸びているまた、内くるぶし側の壊死創も広がっている
外くるぶし側の壊死創は、内くるぶし側の壊死創につながり、一つの壊死創となってしまうかもしれない様相を呈してきた
5日ほど前から痛みが再燃していた
痛みの中心個所が外くるぶし側からアキレス腱側に移っているのが気になっていた
この痛みの箇所の移動が、壊死創の広がりと一致しているのかもしれない
そもそも、この壊死創の洗浄などの日常管理は個人で行うのはかなり難しいことのように思われる
私は間違いなくできていると思うが、細菌感染を防止を私も妻もかなり心配しながらの手当となっている
どの家庭でもできる手当てとは思えない
使用するガーゼなどの医療品も分かる人は少ないのではないかと思える
壊死創は私の現実から見ても進行するし、滲出液の量が多いのか少ないのか、その色は大丈夫なのか、傷の内部の状態、色あいは良いのか悪いのか等々、専門医でないと分からない
壊死創は通院でも毎日専門医に診てもらい、傷の手当てなどの管理も看護師などに任せる創傷かと思われる
壊死創の広がりを考えると、この怪我を治すにはかなりの時間を要すると思えるようになった
p.s.
形成外科への外来予約日を27日から20日に早めてもらった
この壊死創の広がりは気になる
今朝の起床時には、左甲は赤く熱をおびていた
昨日、この松葉杖を使って帰宅してきた
昨日は、家の中でもこの松葉杖を使って移動した
トイレへもダイニングキッチンのテーブルへも浴室へもベッドを置いてくれた床の間へもこの松葉杖をついて移動した
狭くはない我が家のトイレだが、病院のトイレに比べたらとても狭い
松葉杖は引っかかったり、立てかけて置いても倒れたりで使いづらい
松葉杖は倒れてしまうとこれを開い上げるのが大変になる
使いづらくても左脚に体重かけてはいけないので仕方がない
11日のデブリートマン処置を受けてから、左足首の痛みも着地感も日に日に良くなってきている
今日は杖を使っての移動にチャレンジしている
杖を右腰にピタッと当ててつけ、右脚を一歩前に出す時に杖荷重としている
松葉杖を使った移動は、壊死創がある左足は、大きな荷重はかけないが踵から着いて指先に抜ける要するに歩く動きとなる
それに対して杖を使っての移動は、左足は踵を突くだけの動きとなる
骨折箇所にも大きな負担もかけずに移動することができる
松葉杖歩行は、真っ直ぐ正面へ向っての歩行になるのに対し、杖歩行は、少し右斜へ向かう歩行となる
家の中では、この杖を使った移動で済みそうな感じになった
この杖はすごくむかし、息子が中学2年生の時に一緒にスペイン旅行に行った際に買い求めてきたものである
3度の痛風発作の際にも役立ってきた
今回もしばらくはこの杖頼りの生活となるだろう
外を歩くには、杖よりも松葉杖の方が良いとは思う
ゴルフに行ったりして帰ってくると、飛びついて来るMatthewであるが、昨日は随分と違っていた
玄関に入った際、Matthewは怖怖といった感じで私に近づいてきた
リビングロームのソファーに席を移しても直ぐに上がってきて飛びつくような歓迎はなかった
呼ぶと上がってきて甘えたが、いつものMatthewとはちょっと違っていた
smokyはあまり変わらなかった
リビングルームに入ってきて「帰ってきたんだぁ」、「触ってもいいょ」といった感じで迎えてくれた
病院での夜の過ごし方の経験から、自宅に戻った最初の昨夜も「眠くなるまで寝ない」と考えた
妻は9時前に寝室に上がった
自宅に戻り、気持ちは落ち着き1日リラックスした日を過ごしたが、夜9時になっても眠くはならない
ニュースなどを見て過ごしたが、11時が過ぎても眠くならない
眠くならないのは当たり前だと考える境地に達した(w)は、悩むことはなくなった
日中、ほとんど体を動かすことはないので体に疲れは溜まってはいない
眠くなるはずもない
リビングルームはエアコンで22℃の室温を守っている
私の右横の私の揺り椅子の上で愛猫smokyはすやすやと眠っている
愛犬Matthewはソファーで眠っている
愛犬と愛猫は無防備に寝息もたてて私の気持ちを安定させている
眠くならない私は、映画でも見ようかと思った
色々と選んた末、小栗旬主演の「罪の声」を選択した
おもしろく観ることができた
5月10日の母の日にやって来た息子が、倉庫から引き出してきたベッドを私が帰ってきた時のために、床の間にセットしていた
このベッドは、母が使っていたベッドである
深夜の1時にこのベッドに横になった
エアコンを19℃にセットした
音楽はニュージーランド、アボリジニの民族音楽をかけた
よく眠れた
明るくなっているのに気づいた
時計は6時を示していた
トイレを済まし、リビングルームに戻り、揺り椅子に席を移した
Matthew私のそばに寝転んた
妻がお茶を私のところに運んできた
Matthewは吠えた
僕のお父さんのところに来るなと吠えた
妻が私の肩に触った
Matthewは更に吠えた
僕のお父さんになんてことをするんだとの勢いで吠えた
日常に戻った!
朝食ができてよとMatthewは私を迎えに来た
無視してみたら、早くおいでよとまた迎えに来た
これも私達の日常である
妻の体調も良くない
私は動けない
お隣り奥さんと街中の◯チャンがMatthew君の散歩係となってくれている
朝の散歩の定刻となり、Matthewは外に飛び出していった
p.s.
壊死創の痛みは大分おさまって来ている
だが、痛みは去ったわけではない
今朝は前述の通り6時に起床した
壊死創は痛みを発していた
今朝の右足と壊死創の左足を比較してみると、色が違っていた
右足の白さに比べ、左足は赤かった
触ってみると熱を持っていた
今朝の痛みはこの足の赤みと熱に関係がある
病院では痛みかあるなしに関わらずアイスノンで冷やし続けていた
家でも何か工夫する必要がありそうだ
本日、全て届いた
二日前の11日に整形外科医によるデブリートマン処置を受けた壊死創は、自宅でも傷口は清潔に保たなければならない
傷口は、泡石鹸で少し強めに洗い、温水で流し、ゲーベンクリームを傷に塗り、ガーゼで保護し、包帯で止める
壊死創は細菌感染が一番怖い
自宅療養に当たっても、この点を一番注意しなければならない
そのために、医療用の物を選択した
病院で使っていたものとほほ同じものが用意できたと思う
骨折は、治療らしきことは行われずに過ごして来た
骨折箇所は3度レントゲン撮影が行われたが、入院の間に医師から接合状態に関する説明はなく、退院にあたって本日、医師は外来病室で私に会った
私は、腓骨骨折とは聞いているが、どこが骨折しているのかの説明も受けていない
医師が私に会うことになったのも、私が骨折箇所の写真のコピー要求したからにすぎない
写真のコピーは渡されたが、どこが骨折しているのか全く分からなかった
今思えば、じっと寝かせておくのが彼の治療であったのかもしれない
この先は、形成外科へ通院し、植皮ができるタイミングを図っていくことになる