2026年5月15日金曜日

壊死創進行経緯

 事故から10日目に当たる4月28日から創傷部の写真を撮り始めた

今から考えると驚きとなるのだが、事故から2日目の午前2時ころ、救急外来で壊死創に当てられたガーゼはそのままで、ガーゼを開いて創傷の状態を確認されることはなかった

入院から数えると8日間も長き間、創傷に当てられたガーゼは開かれなかったので、写真を撮る機会はなかった

その8日間、私は痛みを訴え続けてきた

その辛さは受け入れてもらえなかった

むしろ接骨対応のギブスが強く巻かれ直され、更に痛みは増すことになった

4月27日の夜も私は痛み止めの服用だけでは消えない強い痛みに襲われ眠れなかった

気を紛らわせるため、ナースステーション脇の談話コーナーでうつ伏せ痛みに耐えていた

そんな私の姿を見た1人の夜勤看護師が私に話しかけた

(都合よく)明日は〇〇医師は来ない

明日になったら、他の先生に診てもらうように頼んでみると言ってくれた

次の日の11時頃になり外傷センターの若い医師が私のベットに来た

昨夜の夜勤看護師が頼んでくれたとわかった

若い医師は、包帯を解きギブスを外し、9日ぶりに創傷に当てであったガーゼが開かれた

創傷を見た若い医師は「あぁ〜」と言った

若い医師は私に説明をした

病院に「皮膚専門の看護師」がいる

その人にこの創傷を診てもらうことにすると言い残して去った

創傷は新しいガーゼに取り替えられた

お昼すぎに皮膚専門の看護師が来てくれた

この壊死している創傷は毎日洗って細菌感染を防ぐため抗生物質の軟膏を塗る必要が言った

自ら、べッドの上で、外くるぶしと内くるぶしの両方の壊死創を石鹸水で洗いお湯で洗い流し、抗生物質のゲンタマイシンを塗布し、5枚重ねのガーゼを指定して傷口は保護された

それからは、若い医師の許可を得て、ギブスは外され壊死創は毎日洗われゲンタマイシンを塗り華麗なガーゼで傷口は覆われた

その日から、私は壊死創の写真と時にはガーゼに残された滲出液の状態も写真に残してきた

それでも辛い痛みはおさまることはなかった

この日から私は、痛みの主原因は壊死創から来ていると確信した

細いヒビ状の腓骨骨折は問題ないとも確信した

早く形成外科で診てもらうように頼んだが、この願いがもかなわなかった

願いが届いたのは、傷口を洗い始めた4月28日から数えて13日目、入院から数えると22日目になる5月11日になった

5月11日の昼過ぎ、形成外科の若い医師が突然に私のベッドにやって来た

私はここで、壊死創のデブリートマンの処置を受けた

若い医師は創傷内に溜まったウミも絞り出してくれた

この日を境に痛みはかなり改善された

接骨の治療らしきものは受けずに、入院から数えて24日目に、追い出されるようにして退院して来た

壊死創に植皮が可能になるまで肉が盛り上がってくるまで、自宅で細菌感染に注意しながら傷をきれいに保ち続ける必要がある

退院から1週間後の20日に外来検診を受けることになっている

形成外科医に壊死創の怪異を一発で確認できるようにと、「壊死創進行経緯」をPowerpointで作成した

20日まで創傷の状態と滲出液の状態を表す写真を撮り続け、見やすい資料として完成させの治療に役立たせるようにする

この経緯を見るともっと早くからデブリートマンは行うべきであっと理解できる

私の主治医は、皮膚については疎ことが分かる

彼は間違っているし、私が要望したとおりに早くから形成外科に私の創傷を見せるべきであったと思う

形成外科医による処置を受けるまで、事故から数えて24日、入院から数えて22日も要している

形成外科医に任せるにはあまりにも遅い

p.s.

今日の壊死創を洗った後も写真を撮り、経緯資料に反映した

2026年5月14日木曜日

傷は広がっている

 今日も自宅で細菌感染に注意をはらいながら壊死創の傷を洗いゲーベンクリームを塗り清潔なガーゼを使って保護を施した

剥がしたガーゼの跡を見ると、滲出液が多くでている様に見える

あまり良いことではない

またこの滲出液の広がり具合も広くなったようにも見える

ガーゼに残った滲出液跡を見ると、外くるぶし側と内くるぶし側の壊死創が近づいている

「シャワーで洗っている時にも痛いよ」と退院前に看護師から言われていたとおり、シャワーを直接に傷に当てると痛かった

だが、それくらいにきれいに洗わないと意味がないとも言われている

ゲーベンクリームを塗る前に傷口を確認してみた

やはり、外くるぶし側の壊死創は広がっている

ガーゼに残された滲出液の広がり具合と同じく、外くるぶし側の壊死創は内くるぶし側に伸びている

また、内くるぶし側の壊死創も広がっている

外くるぶし側の壊死創は、内くるぶし側の壊死創につながり、一つの壊死創となってしまうかもしれない様相を呈してきた

5日ほど前から痛みが再燃していた

痛みの中心個所が外くるぶし側からアキレス腱側に移っているのが気になっていた

この痛みの箇所の移動が、壊死創の広がりと一致しているのかもしれない

そもそも、この壊死創の洗浄などの日常管理は個人で行うのはかなり難しいことのように思われる

私は間違いなくできていると思うが、細菌感染を防止を私も妻もかなり心配しながらの手当となっている

どの家庭でもできる手当てとは思えない

使用するガーゼなどの医療品も分かる人は少ないのではないかと思える

壊死創は私の現実から見ても進行するし、滲出液の量が多いのか少ないのか、その色は大丈夫なのか、傷の内部の状態、色あいは良いのか悪いのか等々、専門医でないと分からない

壊死創は通院でも毎日専門医に診てもらい、傷の手当てなどの管理も看護師などに任せる創傷かと思われる

壊死創の広がりを考えると、この怪我を治すにはかなりの時間を要すると思えるようになった

p.s.

形成外科への外来予約日を27日から20日に早めてもらった

この壊死創の広がりは気になる

今朝の起床時には、左甲は赤く熱をおびていた

杖へ移行

 病院のリハビリは、私の体に合わた松葉杖を用意してくれた

昨日、この松葉杖を使って帰宅してきた

昨日は、家の中でもこの松葉杖を使って移動した

トイレへもダイニングキッチンのテーブルへも浴室へもベッドを置いてくれた床の間へもこの松葉杖をついて移動した

狭くはない我が家のトイレだが、病院のトイレに比べたらとても狭い

松葉杖は引っかかったり、立てかけて置いても倒れたりで使いづらい

松葉杖は倒れてしまうとこれを開い上げるのが大変になる

使いづらくても左脚に体重かけてはいけないので仕方がない

11日のデブリートマン処置を受けてから、左足首の痛みも着地感も日に日に良くなってきている

今日は杖を使っての移動にチャレンジしている

杖を右腰にピタッと当ててつけ、右脚を一歩前に出す時に杖荷重としている

松葉杖を使った移動は、壊死創がある左足は、大きな荷重はかけないが踵から着いて指先に抜ける要するに歩く動きとなる

それに対して杖を使っての移動は、左足は踵を突くだけの動きとなる

骨折箇所にも大きな負担もかけずに移動することができる

松葉杖歩行は、真っ直ぐ正面へ向っての歩行になるのに対し、杖歩行は、少し右斜へ向かう歩行となる

家の中では、この杖を使った移動で済みそうな感じになった

この杖はすごくむかし、息子が中学2年生の時に一緒にスペイン旅行に行った際に買い求めてきたものである

3度の痛風発作の際にも役立ってきた

今回もしばらくはこの杖頼りの生活となるだろう

外を歩くには、杖よりも松葉杖の方が良いとは思う

看護犬・介護猫

 昨日、退院し帰宅した

ゴルフに行ったりして帰ってくると、飛びついて来るMatthewであるが、昨日は随分と違っていた

玄関に入った際、Matthewは怖怖といった感じで私に近づいてきた

リビングロームのソファーに席を移しても直ぐに上がってきて飛びつくような歓迎はなかった

呼ぶと上がってきて甘えたが、いつものMatthewとはちょっと違っていた

smokyはあまり変わらなかった

リビングルームに入ってきて「帰ってきたんだぁ」、「触ってもいいょ」といった感じで迎えてくれた

病院での夜の過ごし方の経験から、自宅に戻った最初の昨夜も「眠くなるまで寝ない」と考えた

妻は9時前に寝室に上がった

自宅に戻り、気持ちは落ち着き1日リラックスした日を過ごしたが、夜9時になっても眠くはならない

ニュースなどを見て過ごしたが、11時が過ぎても眠くならない

眠くならないのは当たり前だと考える境地に達した(w)は、悩むことはなくなった

日中、ほとんど体を動かすことはないので体に疲れは溜まってはいない

眠くなるはずもない

リビングルームはエアコンで22℃の室温を守っている

私の右横の私の揺り椅子の上で愛猫smokyはすやすやと眠っている

愛犬Matthewはソファーで眠っている

愛犬と愛猫は無防備に寝息もたてて私の気持ちを安定させている

眠くならない私は、映画でも見ようかと思った

色々と選んた末、小栗旬主演の「罪の声」を選択した

おもしろく観ることができた

5月10日の母の日にやって来た息子が、倉庫から引き出してきたベッドを私が帰ってきた時のために、床の間にセットしていた

このベッドは、母が使っていたベッドである

深夜の1時にこのベッドに横になった

エアコンを19℃にセットした

音楽はニュージーランド、アボリジニの民族音楽をかけた

よく眠れた

明るくなっているのに気づいた

時計は6時を示していた

トイレを済まし、リビングルームに戻り、揺り椅子に席を移した

Matthew私のそばに寝転んた

妻がお茶を私のところに運んできた

Matthewは吠えた

僕のお父さんのところに来るなと吠えた

妻が私の肩に触った

Matthewは更に吠えた

僕のお父さんになんてことをするんだとの勢いで吠えた

日常に戻った!

朝食ができてよとMatthewは私を迎えに来た

無視してみたら、早くおいでよとまた迎えに来た

これも私達の日常である

妻の体調も良くない

私は動けない

お隣り奥さんと街中の◯チャンがMatthew君の散歩係となってくれている

朝の散歩の定刻となり、Matthewは外に飛び出していった

p.s.

壊死創の痛みは大分おさまって来ている

だが、痛みは去ったわけではない

今朝は前述の通り6時に起床した

壊死創は痛みを発していた

今朝の右足と壊死創の左足を比較してみると、色が違っていた

右足の白さに比べ、左足は赤かった

触ってみると熱を持っていた

今朝の痛みはこの足の赤みと熱に関係がある

病院では痛みかあるなしに関わらずアイスノンで冷やし続けていた

家でも何か工夫する必要がありそうだ

2026年5月13日水曜日

医療品購入

 昨日の入院中に退院後自宅で治療に使う医療品を注文しておいた

本日、全て届いた

二日前の11日に整形外科医によるデブリートマン処置を受けた壊死創は、自宅でも傷口は清潔に保たなければならない

傷口は、泡石鹸で少し強めに洗い、温水で流し、ゲーベンクリームを傷に塗り、ガーゼで保護し、包帯で止める

壊死創は細菌感染が一番怖い

自宅療養に当たっても、この点を一番注意しなければならない

そのために、医療用の物を選択した

病院で使っていたものとほほ同じものが用意できたと思う

どこかわからない

 ただ、24日間痛みに耐え壊死創を毎日洗いて寝ているだけ入院生活

骨折は、治療らしきことは行われずに過ごして来た

骨折箇所は3度レントゲン撮影が行われたが、入院の間に医師から接合状態に関する説明はなく、退院にあたって本日、医師は外来病室で私に会った

私は、腓骨骨折とは聞いているが、どこが骨折しているのかの説明も受けていない

医師が私に会うことになったのも、私が骨折箇所の写真のコピー要求したからにすぎない

写真のコピーは渡されたが、どこが骨折しているのか全く分からなかった

今思えば、じっと寝かせておくのが彼の治療であったのかもしれない

この先は、形成外科へ通院し、植皮ができるタイミングを図っていくことになる

退院

 リハビリといっても、松葉杖をほんの10分ほど2回の訓練を受けて、歩けると判断され、退院となった

数えて24日の入院となった

退院手続きを取っている間に、バタバタと私が使っていたベッドに新たな患者が入ってきた

24日間の入院で私の病室では、6回の入退院があった

そのどれもが午前中に退院し、午後には直ぐ新しい患者が入ってきた

看護師の話によると、ベッドに空きは無いそうだ

4月19日深夜の私の入院はベッドが空いたわけだから、ついていたのかもしれない

壊死創進行経緯