2025年12月19日金曜日

昭和50年8月号

 古い文藝春秋を買った

「田中角栄研究 その金脈と人脈」は昭和49年11月特別号に掲載された

立花隆とともに「田中政権を問い直す」の一角を占める記事に児玉隆也が書いた「淋しき越山会の女王」がある

児玉隆也は肺がんを患っていた中でこの記事を書いていた

翌年の昭和50年8月号の文藝春秋に児玉隆也の妻の正子夫人が記事を載せた

あるルポライターの一生 「田中角栄研究を書いて死んだ夫」である

これは児玉隆也の闘病記であり、夫を支え続けた妻の闘病記である

これがどうしても読みたくなり、昭和50年8月号の文藝春秋を探して買った

いま、読み終えた

50年前のがん患者と家族の姿が描かれていた

がんの告知はされていない時代であった

患者も家族もそして医師も隠し続けることに苦しんだ時代であったと感じた

年齢で考えると昭和49年は私が26歳となる年である

がんは本人にには悟られないように隠すのが確かに常識であったと思う

刺激的なタイトルになっているが、純粋な闘病記であった

p.s.

目次を左に目を移すと、出光興産店主の出光佐三氏が書いた「九十歳でもゴルフはできる」がある

今日のゴルフの昼食のレストランでは、ゴル友と「何歳までゴルフはできるか・やるか」の話になったし、風呂では89歳で腰も曲がらずゴルフを続けている方の話にもなった

古びた文春のこの出光佐三氏の話も読んでみることにする

私の場合は、とりあえず4年と4ヶ月先の83歳を目標としている

目標を持っている人のほうが長生きをするそうだ (腸内細菌の話をする先生の話)

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