昨夜、浅田次郎の小説「地下鉄に乗って」を読み終えた
幸せとは、懐かしさのなかにあるのではないか。ときおり、そう感じる。
人は、だれしも生きてきた土地と時代に無縁ではいられない。家族という血縁から逃れられないように。そのために、自分の思いどおりには生きられず、苦しみばかりを味わってきたという人は多いかもしれない。
だが、年月を経ることで、自分とかかわったさまざまな縁のかたちが、ちがった側から見えてくる。過ぎた日々は戻らない。起こった事実を受けとめるしかない。無心になって過去を振りかえると、そのときには気づかなかった、かけがえのなさと親しみを覚えることがある。懐かしく思いはじめるのだ。
そしてまた、辛苦や悔恨の情が深く刻まれた思い出ほど、いま自分がここにいることを強く感じさせるだろう。楽しさや悲しさといったひとつの気持ちから生まれる幸福感や不幸感ではなく、もっと複雑で矛盾した「懐かしさ」こそ、生きている証しとなる感情といえるかもしれない。
これは、吉野 仁が書いた「地下鉄に乗って」の解説の冒頭の一節である
私の79年の人生もそんなであったと思う
「懐かしさ」と「切なさ」が同居している
そんな感じを抱かせた小説であった
p.s.
私は、父のような男には絶対にならないと誓って生きてきた
小説の主人公のように
父は周りの人から見ると「立派な」人であったようだ
田舎にも貢献した人のようである
だが、家族の側から見た父は無責任な男であった
満州では贅沢三昧な生活をしていたようだ
甥の大学の資金も送っていた
従兄弟の綿工場設立にも力を貸していた
母が「家を買ってきて」と渡した金を使い果たして満州に帰ってきたそうだ
子供の頃、あの家は私たちの家になるはずであったと母から教えてもらったことがある
自分はキャメルのコートを着てビカビカな靴を履いていた
私と弟と母は、6畳ひと間の汚い外トイレの長屋に住んでいた
外に女がいた
好き勝手に生き、幼い子供2人と母を残して、病気の治療もおろそかにし、何一つ残さないで死んでいった
残された3人は、バラバラな所でバラバラな生活を続けて生きてきた
この「電車に乗って」の小説のように、タイムスリップし、父の若かりし頃の姿を追うことができれば、もう少し、父のことが理解できるかもしれないとは思った
周りから、私は、「父にとてもよく似ている」と言われている
小説の主人公のように
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