2026年2月10日火曜日

家の維持

 人の出会いとは不思議なもので、ここ移住先でいま一番深い付き合いをしている同年齢の2人の友人は、40代後半から定年までの間、船橋の魚市場近くで生活をしていた

この2人、5日前には我が家の水中ポンプ施行の手伝いもしてくれた

私は船橋生まれ船橋育ちであるが、彼らが船橋で生活をしていたその時期の私は隣の習志野市に住んでいた

船橋の魚市場には親類が店を構えていて、その周辺のことはよくわかっている

2人の友人は、今回の衆議院選挙で大負けの野田佳彦氏が街頭演説をしている姿を当時はよく見たそうである

総理大臣になるとは思わなかったとも言っていた

2年ほど前になるか、我が家の近くの散歩コースともなっている所に軽食喫茶のお店がオープンした

そのお店の方が私が生まれ育った町のそれもすぐ近くに住んでいたそうだ

その方がここに移住をして店を開いた

私は長いこと船橋嶮陵登高会の会員であった

今も古い会員との付き合いは続いている

先日、2人の古い会員が泊まりがけで遊びに来た

船橋での同会の何かの集まりの席で、会員の一人が結婚して私が住む市の隣町に住んでいるという

小さな子供を連れて我が家によく遊びに来た

この子達とは風呂も一緒に入った

その子達ももうすぐに大学生となる

この家族は、福一の原発災害で子供たちのことを考えて茨城県へと引っ越していった

その家族に、この家をあげるから俺たちが死んだら住んでくれと言ってみた

主人は、◯◯さんのように「この家と庭を維持できない」と応じられた

確かにそうなんだ

田舎暮らしを維持するにはかなりの努力が必要となる

でも、その努力が私の健康と体力を維持してきた思っている

寒い冬でも暑い夏でも、玄関を出て長靴を履けば、向こうからやるべき仕事はやって来る

今日も元気に灯油給湯器の防寒対策を終えた

明日は、薪割りかな

p.s.

第二の人生は、以前の生活とガラッと変えてみるのが良いかもしれない

ガラリ変えるには移住が良いと思う

私は、東京の大森、銀座、渋谷、青山の事業所でスーツ姿で仕事を続けてきた人間である

今は作業服が日常の姿である

手にはペンではなくドライバーやナタを握る

都会に住み続けていたらどうなっていたか、チョット怖い思いになる

そうは言っても、東京はもとより、船橋、習志野、そして派遣地となった宮城県の船岡はとても懐かしい

それと、私の人生でとても大きな影響を与えたのは、東日本大震災の大地震と原発災害とコロナパンデミックがガラッと私の考え方を変えた

世界各地で起こっている戦争が私の考えに影響を与えていないのは、前後生まれの「平和ボケ」のせいだと思う

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