風呂のお湯張りの局面から探ってみたい
私は、40.5℃で最大給湯量にて、キッチンタイマーを使い、キッカリ17分で風呂のお湯は張る
家内の風呂のお湯張りは、給湯温度はだいたいで40度近辺、給湯時間は、タイマーなどは使わないから、湯量は少なかったり、たまにはあふれたりする
私のお湯張りは、湯量が少なかったり、多かったりということはない
大げさになるが、人生を楽しく、うまく過ごすという尺度に照らしてみると、これはどちらが正しいお湯張りなのか、チョットわからなくなってくる
家内のお湯張りは、パァパァと早い訳だ
パァパァと脱いで、パァパァと入る訳だが、熱かったり、温かったり、少なかったり、多かったりする訳だ
家内の行動パターンがここでわかる訳で、まずは一歩先に進んでから、対応するタイプである
私の場合は、想定できることはすべて想定し、その対応策を講じて、実行するタイプであるからして、私が張った風呂は、蓋をあけて、目をつぶって、ドボンと入っても、湯温はちょうど良いし、湯量もちょうど良い訳である
しかし、私の場合は、実現するまでに相当な時間をかけているので、かけた時間と労力がもったいないから、ことにあたっては相当に粘る
家内はやってみてダメだったら、違う手を考えるとか、風呂のお湯張りの例に戻れば、湯温や湯量は微調整で対応する
私にはそれができず、必ずキッチンタイマーを使う
カップヌードルにおいては、キッチリ3分が私の標準作業である
人生を振り返って考えてみると、私の計画は誠に緻密に作られているが、本番ではどこかが抜けている
もちろん計画とのずれは、修正をして乗り切ってきたし、それなりの成果もあった
山の親友から「私は石橋を叩いても渡らない」と言われた半面、同じ親友から、「計画と全然違うじゃないか!」と言われたこともある
私は、「計画は緻密に、行動は大胆に」と言って親友の質問は乗り切った
良くも悪くもこれが私の特性であるが、家内の特性は、私とは真逆のような気がする
私が見ていると、計画が荒いような気がするが、大きなところに抜けがない
ふと漏らした言葉がドキッとするほど芯をついている
また、ことにあたっては、急がず、大きくは休まない
ここも私とは大きく違っていて、私は、急ぐし、大休みもするし、夢中になると休まない
歳がいって、わかり始めたのだが、田舎暮らしには、家内スタイルの方が、過ごしやすいような気がする
私の場合、いまさらどうしようもないが
そんなことを考えるのも、歳がいってきた証拠かもしれない